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帰りのHRが終わるとすぐに、自分と半兵衛の鞄を持って保健室へ向かった。
ドアをそっと引き開ければ、室内から流れ出した温かい空気が廊下の冷たい空気と混ざりあう。
それ以上室内の熱が逃げ出さないように素早く中に身を滑りこませて扉を閉めた。

保健医は暫く戻って来ないはずだ。
例の如く理事長に絡みに行っているから。

カーテンを開いてベッドを見ると、半兵衛はまだ眠っていた。

ベッドに仰向けに横たわる彼は、髪と同じ色をした長い睫毛の先までもが美しい。
まるで眠れる森の美女だ。

ん、と声を漏らして半兵衛が唇を薄く開いた。
目蓋が持ち上がって、紫色の宝石のような瞳が現れる。

「ごめんね。起こしちゃったね」

「どうせなら、キスをして起こしてくれればいいのに」

半兵衛は寝起きとは思えない──いや、寝起きだからか、色っぽい声でそんな冗談を言った。

「秀吉君には話してあるから。今日は生徒会の仕事はお休み」

「…仕方ないね」

「お母さんに電話したらタクシー使って帰っておいでって。だから帰りは心配しなくていいよ。一緒にタクシーで帰ろう」

「ああ、助かるよ」

よどみなく返事をしながら、しかし半兵衛は起き上がろうとはしなかった。
あの宝石のような瞳で天音をじっと見上げている。

「半兵衛?」

「キスをしてくれないと起きられない」

「大丈夫、目はもうぱっちり覚めてるよ」

「起き上がれないんだ」

「……もう」

彼がこんな風に甘えるのは珍しい。
体調不良のせいで少し弱気になっているのかもしれない。
例えどれほど弱っていても、他人には決して弱い姿を見せない彼だから、こんな風に甘えられるのは本当はとても嬉しい。

そっと瞳を伏せて、眠れる森の王子様にキスをする。
触れ合った唇から、彼の唇が笑みの形を作ったのが分かった。

「そうやって君が甘やかすから、僕は際限なく欲深くなっていくんだ」

深い紫の瞳が煌めいて、半兵衛の手が素早く持ち上がる。
その手は天音の後頭部を押さえて、より深い口付けを要求した。
半兵衛の望むままに彼を味わい、彼に味わわれる。

ふと、空気の揺れを感じて視線を向けると、細く開いたカーテンの隙間から、長い銀髪の保健医の顔半分だけが覗いていた。

さすがに半兵衛も固まっている。

「元気になったようですね」

「お陰様でね」

クックッと笑う保健医に、半兵衛は澄まして答えた。



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