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※逆トリ


「半兵衛さん、そろそろ夕食にしましょう」

「もうそんな時間か。すまない、集中していたから気付かなかったよ」

熱心に読みふけっていた本から顔を上げると、半兵衛は笑顔を見せた。

「参考になりましたか?」

「ああ。とてもね。この時代の書物は実に興味深い」

ダイニングに移動しながらそんな会話を交わす。
半兵衛がテーブルについたのを確認して、天音は料理を皿に盛り付けていった。
出来た順にテーブルに並べていく。

「今日は梨があるんだね」

「はい、半兵衛さんがお好きみたいだから買って来ました」

「ありがとう。嬉しいよ」

梨なら一個分食べられるということがわかったのは良い収穫だった。
何しろ彼は食が細いので、必要な栄養をとらせるのに苦心しているのだ。

「いただきます」

両手を合わせてから箸を手にする。

半兵衛は食事の仕方さえもが美しい。
随分慣れてきたとは言え未だに見とれてしまう。

「君の作る料理はどれも美味しいね」

「ありがとうございます。お口にあって嬉しいです」

「こんなに毎日きちんと食事をとるのは初めてだ。君のお陰だよ」

戦国での彼の生活は容易に想像出来た。
極限まで自らの命を削るかのような過酷な日々。
しかも、それは彼自身が望んでそうしていたのだ。
秀吉のために。

彼の命がけの覚悟を思うだけで泣きそうになる。
こんな人に出会ったのは初めてだ。
その全てに惹かれてやまない。

「そんな風に言って貰えて嬉しいです」

天音は微笑んで梨の皿を差し出した。
もちろん、食べやすいように皮を剥き一口大にカットしてある。
半兵衛がそれにフォークを刺して口に運ぶのを見守った。

「うん、瑞々しくて美味だ」

「良かった」

天音も自分の分の梨をしゃくしゃく食べる。
果汁たっぷりで美味しい。

「天音」

「はい」

「あーん」

まさかそう来るとは思わなかった。
赤くなりながら口を開けると、優しい仕草で梨を口に入れられる。

「可愛いね、君は」

微笑みながら告げられた言葉は、瑞々しい梨よりも甘かった。


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