「半兵衛さん、今日は早く帰って来られますか?」 「その予定だけど、何かあるのかい?」 「今日の金曜ロードショー、特別吹替版のタイタニックなんです。石田彰さんがジャック役をやるんですよ。半兵衛さんと一緒に観たいなって」 「もちろん構わないよ。なるべく早く帰るから待っていてくれ」 「はい、ありがとうございます!」 「君は本当に僕の声が好きだね」 * 「ただいま、天音」 「お帰りなさい、半兵衛さん」 半兵衛さんは19時少し前に帰って来た。 普段と比べると随分早く感じるが、いつもは秀吉さんのために頑張り過ぎているだけなのだ。 自分の身体の限界を越えてまで尽くしてしまうのが、半兵衛さんらしいと言えばそれまでなのだけど。 「ご飯にしますか?それともお風呂?」 「お風呂に入りながら君を頂こうかな」 「だ、だめです!」 「だろうね。映画に間に合わなくなってしまうから」 「もう……意地悪しないで下さい」 半兵衛さんは笑って洗面所に手を洗いに行った。 間に合わなくなるって、そんなに時間をかけてねっとりヤるつもりだったんですか。 危なく想像してしまうところだった。 「何も変わったことはなかったかい?」 「はい、大丈夫でしたよ」 手を洗って戻って来た半兵衛さんからジャケットを受け取り、冷えたミネラルウォーターのボトルと着替えを渡す。 「僕がいない間、誰も家に上げてはいけないよ。宅配便は下のコンシェルジュに預かってもらって、玄関には直接来させないこと。いいね?」 「はぁい」 半兵衛さんは過保護だ。 自分が留守の間に私が襲われるのではないかと心配しているらしい。 それこそ人妻もののAVじゃないんだからと言いたいが、真剣に私の身を案じてくれている半兵衛さんにそんなことは言えなかった。 半兵衛さんが浴室に向かったので、気を取り直して夕食の支度にとりかかる。 と言っても、半兵衛さんに帰るコールをもらっていたから既に料理は出来ている。あとは温めて皿に盛り付け、テーブルに並べるだけだ。 ビーフシチューをお玉でかき混ぜながら考える。 もし、タイタニックみたいな状況になったらどうしよう。 私なら絶対半兵衛さんを救命ボートに乗せて、自分は何とかその辺に浮いている板に掴まるかどうかして生き延びようとするんじゃないだろうか。 でも、半兵衛さんのことだから、そんな私の状態を見て放っておけないだろう。 きっと自分の代わりに私を救命ボートに乗せようとするに違いない。 「どうしよう。半兵衛さんが死んじゃう」 「またおかしなことを考えているね」 サラダを盛り付けながら涙ぐんでいたら、後ろから半兵衛さんに抱き締められた。 お風呂上がりだからいつもより体温が高くてあたたかい。 「大丈夫だよ。君を一人残して死んだりしないさ」 優しい声で慰められる。 私は半兵衛さんの腕の中で向きを変えて半兵衛さんの身体をぎゅっと抱き締め返した。 「半兵衛さん……」 「愛しているよ、天音」 そして、盛り上がった気持ちのまま、私達は一発ヤってしまった。 馬鹿だと思われてもいい。 些細なきっかけで盛り上がる、それが新婚夫婦というものなのだ。 「わ、ギリギリでしたね」 再び温め直した夕食を食べ終わり、リビングのテレビをつけたら、ちょうど金曜ロードショーが始まるところだった。 半兵衛さんと並んでソファに座り、食後のワインとチーズを肴に画面に見入る。 「あ、ジャック出て来た。はぁ……イイ声」 「君は本当に僕の声が好きだね」 「世界で一番大好きです」 ハートマークを乱舞させながら答える。 半兵衛さんは小さく笑って私の頭を撫でてくれた。 そうして、私をひょいと自分の膝の上に横抱きにして、上から覆い被さるようにキスをしてきた。 半兵衛さんのふわふわの新雪色の髪が肌をくすぐる。 「他の男ばかり見ていないで、僕を見てくれ」 アメジストもかくやというほど美しい紫色の瞳に私が映っている。 映画の登場人物に焼きもちをやいちゃう半兵衛さん可愛い。 「僕をこんなにも夢中にさせておいて余所見をするなんて、悪い子だ」 「んん、私は半兵衛さんのものですよ」 「本当に?」 「本当です」 イチャイチャしながら見ている間に、映画はクライマックスを迎えていた。 今日は前編か。来週もまた見なきゃ。 |