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「軽井沢に別荘があるんだ。今年の夏休みはそこで過ごさないか」

きっかけはそんな半兵衛さんの提案だった。

「三泊くらいがいいかな。それなら僕も休みがとれる」

そんなわけで、今、私は軽井沢に来ている。

ゼミの合宿と日程が被らないように調整して半兵衛さんが休みをとってくれたので、無事二人きりで別荘生活を満喫することが出来そうだ。

とりあえず荷物を部屋に置いて、まずは食事をとろうということで、あの有名な万平ホテルのメインダイニングで紅鱒のムニエルを味わっている最中だ。

目の前には、優雅にナイフとフォークを操って食事をする半兵衛さん。
窓際の席なので、食事をしながら軽井沢の深緑が目を楽しませてくれる。

ただの女子大生に過ぎない私がこんなに贅沢な時間を味わってしまって良いのだろうか。
戸惑いはあったが、半兵衛さんと一緒に過ごせることは純粋に嬉しい。

「半兵衛さん体調はどうですか」

「お陰様で調子がいいよ。過保護な誰かさんが甘やかしてくれるからね」

「半兵衛さんは過保護なくらいで丁度良いんです。すぐ無理をするんですから」

「立場上、無理をしなければならないことが多くてね。秀吉のためならばこの身がどうなろうと惜しくはない」

「ほら、それですよ。私は秀吉さんから半兵衛さんを頼むとちゃんと言われて来ているんですからね。ここにいる間はのんびり静養してもらいますよ」

「やれやれ。怖いお目付け役がついたものだ」

そう言いながらも半兵衛さんは嬉しそうだ。
私と一緒に過ごせることが彼にとっても喜びであるならこれ以上幸せなことはない。

「とりあえず、食事が済んで別荘に戻ったら膝枕でお昼寝して下さい」

「ふふ、君は本当に僕を甘やかすのが上手いね、天音」


別荘に戻る前に少し森の中を散歩した。

森林浴という言葉があるが、確かに森の緑には人を癒す力があるようだ。
こうして半兵衛さんと二人で森の中を歩いていると、溜まりに溜まった日々のあれこれが癒えていく気がする。

別荘に着いた時には心地よい程度の疲労が身体を包んでいた。

「じゃあ、お昼寝しましょうか」

「そうだね」

アイスティーで喉を潤してから、二人で広いベッドに一緒に寝転がる。
膝枕を申し出たのだが、添い寝のほうが良いと言われたので半兵衛さんの隣に横になった。

「おいで、天音」

甘い声に誘われて、半兵衛さんの胸にすり寄る。
そのまますんすんと匂いを嗅げば、艶のある芳しい香りが鼻孔を満たした。

「いい匂い…」

「君もね」

半兵衛さんに抱き込まれて匂いを嗅がれてしまう。
お互い様だけどやっぱり恥ずかしい。

「凄くいい香りがする」

「恥ずかしいです…」

「君から始めたんだろう」

クスクス笑われてしまった。
ああ、でも、幸せだなあ。

「ここにいる間ぐらいはゆっくりして下さいね」

「そのつもりだよ」

「お仕事の時も適度に休憩してもらいたいですけど」

「それは難しいね。責任のある仕事だから」

「秀吉さんに『無理をするな、半兵衛』って言わせたいんですか?」

半兵衛さんは即座に黙った。効果てきめんだ。

「僕の可愛いフィアンセは容赦がないな」

「半兵衛さんのことが心配なんです」

「わかっているよ」

優しく頭を撫でられる。
その声があまりに優しげで、私は胸が詰まって何も言えなくなってしまった。

「天音?」

黙って半兵衛さんの胸に顔を埋めたままでいると、「眠ってしまったのか」と小さく笑う声が聞こえた。

暫くそうしていると、半兵衛さんも眠ったようだった。
穏やかな寝息が微かに聞こえてくる。

このまま時が止まればいいのに。


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