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「あ、そうだ」

天音はふと思いついて、制服のポケットからあるものを取り出した。

「半兵衛さん、これどうぞ」

「これは…確か、チョコレートだったかな?」

「はい、そうです」

天音がこちらの世界に来たとき、半兵衛は念のため彼女の持ち物を一通りあらためていた。
彼がチョコレートを知っているのもその時に説明したからだった。

「頭を使う時って、凄くブドウ糖を消費するんです。肉体労働の後とは違う疲れを感じたり、思考が鈍ってきたりしませんか?」

「言われてみると、確かにそんなときがあるね」

「だから頭脳労働をした後は糖分を補給したほうがいいんですよ」

天音は半兵衛の手の平にチョコレートをころんと転がした。

学校の鞄に常に入れていたお陰で、こちらの世界に唯一持って来ることが出来た、個別包装された一口チョコレート。
貴重な元の世界の食べ物であるそのチョコレートも、これが最後の一個だ。

「いいのかい?大事に取っておいた物だろう?」

「いいんです。最後の一個だからこそ半兵衛さんに食べて欲しいんです」

それは本心からの言葉だった。
自分が彼にあげられるものなら全て差し出しても惜しくはなかった。

「頂こう」

微笑んだ半兵衛が、器用に包み紙を開いていく。
そうして現れたチョコレートを指で摘まみ、薄く開いた口へと運ぶ。

チョコレートをこんなにエロく食べる人は初めて見た。

天音はちょっとドキドキしながら半兵衛がチョコレートを食べる姿を見守った。

「美味しいですか?」

首を傾げて心配そうに見上げる天音に、半兵衛は淡く微笑んだ。
彼の両手に頬を包み込まれる。
えっと思う暇もなく怜悧な美貌が目の前に迫り、唇を重ねられていた。

ねっとりした糖質を絡めた熱い舌が天音の舌を優しく撫で、甘い欠片をそこに残して出ていった。

「チョコ…」

「好きだろう?味わって食べるといい」

ふふ、と笑んだ唇がまた重なった。

半兵衛が自分に優しいのは、この時代にはあり得ない未来の知識を持つ自分が豊臣軍と秀吉のために役に立つ存在だからだ。
まるで好意を寄せてくれているかのような扱いも同じ理由からだと知っている。
でもそれでもいいと天音は考えていた。
それでもいいと思ってしまえる程この男を愛してしまっていた。

「…困ったね」

本当に困ったといった風に半兵衛が笑う。
そんなに不安そうな顔をしていただろうかと天音は少し慌てた。

「はっきり言葉にして伝えても、こうして口付けを交わしても信じて貰えないというのなら、一体どうすれば君は僕を信じてくれるのかな」

「大丈夫です。ちゃんと分かってますよ半兵衛さん。大好きです」

苦笑を浮かべた半兵衛が、溜め息をついて天音を胸に抱きしめた。

「愛しているよ、天音。秀吉が天下を獲ったら、残りの時間は二人で静かに暮らそう」

この美しい人は、チョコレートのように甘い嘘をつく。



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