こんな話がある。 初夏の夕暮れ刻。 日没時間は大分遅くなってきてはいるが、雨降りの日はやはり薄暗く、晴れている時よりもどんよりとしていて暗くなるのも早く感じられる。 気温はそれほど高くなくても、湿度が高いせいで肌は汗ばみ、動けば衣服がじっとりとまとわりつくようだ。 しとしとと降り続く雨の中を家路を急いでいると、緩やかな上り坂に差し掛かったところで、ふと目の前を傘も差さずに歩いている女がいることに気が付いた。 その足取りは覚束ず、さては酔っ払いかと警戒したが、すぐに、もしかすると体調が悪いのかもしれないと思い直した。 ふらふらと歩く女は、薄暗い中でも目に鮮やかな赤いレインコートを着ていて、長い黒髪はぐっしょりと濡れている。 「あの……」 大丈夫ですか、と続けようとした言葉はそこで途切れた。 初めは、女が首を後ろに反らしたのだと思った。 だが、それにしては角度がおかしい。傾き過ぎている。 そのままべしゃりと音をたてて背中に当たった頭は、文字通り首の皮一枚で繋がっていた。 目の前に女の逆さになった顔がある。 その顔がニタァと笑みを浮かべたかと思うと、女の身体は後ろ向きのままよたよたとこちらに向かって歩いて来た。 手をバタバタと動かし、よろめきながらも、確実に迫ってくる。 よく見れば、赤いレインコートと思ったものは、女のぱっくりと裂けた首から噴き出した血で真っ赤に染まっていたのだった。 「やめてよおおおぉぉぉぉぉ!!!!」 「これから帰るのに怖い話するとかアホか!!!!」 今まさに目の前に赤いレインコートの女が現れたかのように私は両手で顔を覆って嘆いたが、その前に日吉くんがタチの悪いニヤニヤ笑いを浮かべているのがはっきり見えた。 こんちくしょう! 「向日くん!一緒に帰ろう!!」 「馬鹿かお前、怖いヤツ同士で帰ってどうすんだよ!もっと頼りになりそうなヤツ捕まえるべきだろ!俺は宍戸捕まえてくるぜ!」 「向日くん頭いいね!その通りだよ!」 私は丁度着替えを終えて部室から出て来た跡部くんの前に土下座通り越して土下寝せんばかりの勢いでお願いだから一緒に帰って下さいと頼み込んだ。 「アーン?そりゃ構わねぇが、何かあったのか?」 「日吉くんが!日吉くんが…っ!」 「把握した。たく、仕方ねぇな、アイツは」 苦笑した跡部くんが頭を撫でてくれる。 手つきが優しい。 もしも私に尻尾が生えていたなら、今頃千切れんばかりに振りまくっているところだ。 「安心しろ。俺が責任を持って送ってやる。車だが、いいな?」 「うん!うん!有り難う!!」 むしろ望むところです、と跡部くんと一緒に昇降口に向かう。 車が停めてある校門まで樺地くんが傘を差してくれようとしたけど、それは丁重に断って、私が跡部くんに傘を差すことにした。 が、すぐにひょいと取り上げられてしまう。 「ばーか。身長差を考えろ。無理してお前が持つより俺が持ったほうがバランスが取れる」 「あ…うん」 昇降口を出る途中、何故か物凄く悔しそうな顔をした日吉くんがじっとりと私達を見ていたが、私も明日覚えてろよと睨み返しておいた。 跡部くんが日吉くんを振り返って余裕の笑みを見せる。 「まあ、作戦としては悪くねぇが、詰めが甘かったな、日吉よ」 責任感が強いからか、跡部くんは自宅前まで車で行くと、車を停めさせて自宅の玄関まできっちり送ってくれた。 お母さんに彼氏と間違えられた時には焦ったけど、逆に跡部くんにテンパり過ぎだと宥められ、お母さんにも跡部くんにも笑われてしまった。 それもこれも全部日吉くんのせいだ。 明日部活で何らかの方法で仕返ししてやろうと私は心に決めた。 |