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「祭りに行かないか」

幼なじみの蓮二からの誘いに、私よりもお母さんが張り切ってしまった。
せっせと浴衣を着せられ、髪を可愛くまとめ髪にされて送り出される。
長身にさらりと浴衣を纏った蓮二に「可愛いな」と褒められても、舞い上がるどころか気持ちは逆方向に緩やかに降下していった。
いつからだろう。
こんなに大きな差が出来てしまったのは。

蓮二が当たり前のように私の手を握り、歩いていく。
その手が私と殆ど変わらない大きさだった時なら、きっと素直にはしゃぐことが出来たのに。

近所の神社には出店が並んでいて、御参りをした後は来た道を戻りながら一軒一軒店を巡っていくことになる。
水色のビニールプールの中で泳ぐ、赤や黒の金魚。
それを見た私の頭の中で閃くイメージがあった。

「蓮二は『蜜のあわれ』の金魚ちゃんみたいな子が似合いそう」

「室生犀星か」

「うん。だから三十路半ばぐらいになったら、18歳ぐらいの小悪魔ちっくな女の子と駆け引きを楽しみつつ大人の関係を築いていくんだよ、きっと」

「三十路半ばぐらいになったら、俺とお前の間には二人ほど子供が出来ていて、三人目を作ろうかと相談している頃だと思うが」

「な、なんでそうなるの!」

「俺にも俺の人生設計というものがある」

「私にもあるよ!」

蓮二は薄く笑って、「そうか」とだけ言った。

ダメだ。
好きにならないように気をつけていないと、ほんのちょっと気を抜くとすぐに好きになってしまうのだ。
これは本当に危ない。
だって、好きになるにはあまりにも大変な人だから。

私は馬鹿だから、あの計算高い金魚ちゃんのように上手く交渉も出来ないし、すいすい世の中を泳いでいける自信もない。
せいぜい、それなりの大きさの金魚鉢の中で生きていくのがやっとだ。
蓮二の器は大き過ぎる。

先に手を離したのは蓮二のほうだった。
どんどん先に行ってしまったのは蓮二だった。
馬鹿な子供のままの私は置いていかれたような気持ちになって、傷ついていないふりを必死に続けるしかなかった。
でもいま手を離したのは私のほうだった。
あたたかい手を振りきって走り出す。

石畳の上をカラコロと下駄を鳴らして走っていけば、やがて足元は土に変わっていた。

「なまえ」

縁日から外れた場所の、大木の根本にうずくまった私の上から蓮二の声が降ってくる。

「なまえ」

「…やだ…」

「なまえ」

「聞きたくない」

両手で耳を塞ぐ。
すると、蓮二は無防備になった私の顔を両手で挟んで上げさせた。
みっともなく泣きべそをかいている私の顔を覗き込んでくる。

「好きだ」

顔を固定されたまま唇を重ねられた。

「ひどいよ…どうしていま言うの…」

「好きだ、なまえ」

ずっと。ずっと。
子供の頃から好きだった。
お前を離したくない。
離れたくない。

優しく手首を掴んで耳から手を離され、囁かれるのは、かき氷のシロップよりも、りんご飴の飴の部分よりも、もっとずっと甘い言葉の数々だった。

お香の良い匂いのするハンカチで涙を拭かれ、また手を握られてとぼとぼと歩く。

「迷子になった時も泣いていたな」

「蓮二が手を離すから」

「もう二度と離してやらないから安心しろ」

ぎゅう、と握られた手は頼もしくて、私はまたちょっと泣いてしまったけど、蓮二は笑っていた。
やっと捕まえた、と。



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