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私の親友が幸村くんと付き合う事になった。
これほど素晴らしいことはない。
私の大事な友人は、中学一年生の時からずっと彼を想い続けていたからだ。
実は彼も全く同じだったというから、つまり二人は高校に上がるまでの長い間、ずっとお互いに両片想いの状態だったということだ。

それを聞いて、何だか力が抜けてしまった。
ふにゃふにゃになった私は今、二人をそっと見送った後でテニスコートの脇に座っている。
誰にも見られないようにこっそり泣くはずが、その場にはもう一人残っていた。

「友人の恋が成就したからといって嬉し泣きをする奴は初めて見たな」

「うるさいなぁ…いいでしょ別に」

「悪いとは言っていない」

「その薄ら笑いが胡散臭い」

「そうか」

柳くんは相変わらず胡散臭い薄笑いを浮かべている。
というか、何故、彼はここにいるんだろう。
どうして誰もいなくなったテニスコートの片隅にぽつんと座っている私の傍に立っているんだろう。

その柳くんが、おもむろにラケットを差し出してきた。

「テニスでもするか」

「…うん」

私は腕で目元を拭うと、ラケットを受け取り、立ち上がった。

始めたのは、試合形式ではない、ただの打ち合い。

サーブは柳くんから。
長身から打ち出されるサーブは、手加減をしてくれていても、重く、鋭い。
それを何とかリターンすれば、ポン、と今度は軽く打ちやすい球を返してくる。

「それにしても、よくわかったね。あの二人が、本当は両想いだったって」

「この柳蓮二のデータ、寸分の狂いも無い」

「あはは、そっか」

「ちなみにお前専用の観察ノートは15冊目に入った」

「柳くんはそろそろ個人情報保護法かストーカー規制法に引っかかるから気をつけようね」

「安心しろ。そんなヘマはしない」

喋りながら打ち合っているので、すぐに息が上がってきた。
柳くんは余裕の表情だ。
やっぱり全然体力が違う。

そろそろ重く感じはじめてきたラケットをしっかりと握り直し、何とか打ち返す。

頭に浮かぶのは、幸せそうな二人の姿。
幸村くんの好きなタイプは確か「健康な人」だったから、元気で明るい私の親友はお似合いだ。

好きなタイプと言えば、柳くんにいたっては、「計算高い女」とか、もはや理解のレベルを遥かに超越した内容だった。
どんだけ先に行っちゃってるのって話だ。
ジャッカルくんとか丸井くんは、ああ中学生男子だなって感じのものだから余計に。

確かに、自分に自信があってそれなりに恋愛経験が豊富な女の子の中には、中学生にして早くも男心の操り方に長けている子もいることはいる。
末恐ろしい話だが、そういう子がいないわけではないのだ。
確かに中学生でも「計算高い女」は探せば存在する。
でも、そういうタイプを好みと言い切ってしまう中学生男子ってどうなんだろう。

「顔に似合わず凶悪なテニスだな」

柳くんの声とボールが飛んでくる。

「知ってる?テニスはスポーツという名の格闘技なんだよ」

「…氷帝の跡部にだけは近づかないようにしろ」

気にいられては困る、と呟く柳くんの顔をまじまじと見て、微笑む。

「柳くんでも焼きもち妬くんだね」

私が打ったボールは戻って来なかった。
柳くんはラケットを持つ腕を下げたまま、立ち尽くしている。

「それも計算か?」

唸るような声が聞こえ、腕を掴まれた。

「恐ろしい女だな、お前は。この俺を弄ぶとは」

私が思わず吹き出すと、彼は「笑い事ではない」と苦い顔で言った。
その顔がちょっと可愛かったので、私は彼の身体に腕を回し、背中を撫でてあげた。



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