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跡部くんの提案により合宿を行うことになった。
二泊三日の短期集中トレーニングだ。

場所は跡部個人が所有している別荘兼トレーニング施設。
未成年が別荘を所持しているという点に関してはもはや何も言うまい。

跡部くんというお財布…スポンサーが付いている我が氷帝テニス部は非常に恵まれた環境にあると言えるだろう。
跡部くんは決して際限なく資金を注ぎ込む浪費家ではないけれど、自分が必要だと判断した物に関しては投資を惜しまない人だからだ。
お陰で設備や道具が足りなくて不便な思いをするといった事態は皆無で、部員達は充実した環境の中でひたすらテニスに打ち込むことが出来る。

だから跡部くんにはマネージャーとして私も感謝している。
精一杯サポートする事に異存はない。

しかし、なんでどうして何故ここに入江奏多がいるのか。

合宿所に到着後早々、「お前は先に行って挨拶しておけ」と跡部くんに言われ、他の皆と別れてスタッフに「三日間お世話になります」と挨拶していたら、あのふわっふわした猫っ毛を風に柔らかくそよがせた入江奏多が「やあ、なまえちゃん」なんて言って話しかけてきたのだ。
どういうことなの。
でも相手は歳上だし挨拶しないわけにはいかない。
私は渋々頭を下げた。

「こんにちは、入江さん」

「あれ?敬語?」

「入江さんは年上ですから」

「水くさいなあ。普通に話してよ。家族ぐるみで仲良くしてたんだから、今更“入江さん”っていうのは他人行儀でどうも、ね…。昔みたいに名前で呼んでくれると嬉しいんだけどな」

「いえ、そういうわけにはいきません、入江さん」

私の頑なな態度をどう取ったものやら、彼は憎たらしいぐらい優しげな微笑を浮かべている。
はたから見たら絶対“クソ生意気な小娘と親切なお兄さん”の図だよちくしょう。
他のスタッフの人は何だか微笑ましそうに見守ってるし。
とんだ羞恥プレイだ。

「入江さんはどうしてここに?」

「跡部くんから直々のご指名をもらってね。指導員として招かれたんだ」

そう言うと、入江さんは眼鏡の奥の瞳を細めて悪戯っぽく笑った。

「まあ、実際はリベンジに燃える跡部くんに体のいい理由をつけて呼びつけられたっていうのが真相だけどね」

「去年のU-17ではノーゲームで終わっちまったからな」

いつの間に来たのか、跡部くんが私の横を通り過ぎて入江さんの前に立った。
彼の言葉を受けて、入江さんはほらねと言う風に微笑んでみせる。

「えっ、跡部くん負けたんだっけ!?」

「ドローだ」

跡部くんが苦々しげな口調と表情で訂正する。
そうだ、確かあり得ないくらいの延長戦の末の引き分けだったと聞いている。

「今度こそきっちりカタをつけてやるぜ。もちろん、この俺様の勝利でな」

「はいはい。今度は勝てるといいね」

「チッ…相変わらず嫌味な野郎だぜ」

あくまでも余裕を崩さない入江さんの様子に舌打ちした跡部くんが、挨拶は終わったのかと尋ねてきたので私は頷いた。

「他の連中はもう着替えて準備させている。基礎トレが終わる前にお前も仕事にかかれ」

「了解です」

言うべき事を言って満足した跡部くんがさっさと踵を返したので、私も自分の仕事に取りかかろうとしたら、入江さんの声が追いかけてきた。

「三日間よろしく、なまえちゃん」

「…よろしくお願いします」

そうは言ったものの、出来ればあまりよろしくしたくない気持ちでいっぱいだった。


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