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11月ともなると朝晩かなり冷える。
陽が落ちるのもあっという間だ。

「こういうのなんて言うんだっけ?秋の日は…」

「秋の日は釣瓶落とし?」

「そうそうそれそれ!」

「ツルベオトシっていう妖怪いなかった?」

「あー、あのデカいオッサンの顔みたいなヤツ?怖いっていうかキモいよねぇ」

「木の上から落ちてきてゲラゲラ笑ってまた戻っていくんだっけ?驚かし系の妖怪になるのかな」

「私が見た本だと、木から落ちてきて人間食べる生首の妖怪ってなってたけど」

「ひえっ」

女子のグループが賑やかしく談笑しながら出ていくと、図書室は途端に静寂に包まれた。
さっきの話が気になっていたのでちょっと怖いなと感じてしまう。

「蓮二遅いなぁ」

「待たせてすまなかった」

「わっ!びっくりした…いつ来たの」

「ついさっきだ。女子のグループと入れ違いで入って来たんだが気付かなかったか?」

「うん」

蓮二は笑ってポンポンと私の頭を叩くと、

「帰ろう」

と促した。
二人並んで図書室を出る。

廊下は真っ暗だった。
さっきの話を思い出し、蓮二のコートに掴まる。

「どうした?怖いのか?」

「ん…ちょっとだけ」

そう答えると、蓮二は私の手を握って自分のコートのポケットの中に突っ込んだ。
あったかいし、何だか安心する。

「大丈夫だ、俺がついている」

「うん」

幸村くんあたりが見ていたら、「蓮二は本当に苗字さんに甘いね」なんて笑われてしまいそうだ。

「これで少しはましになったか」

「うん、ありがとう」

蓮二にポケットの中で手を握られたまま歩き出す。

「ねえ、釣瓶落としって知ってる?」

「妖怪のほうか?」

「そう、さっきの女子のグループが話してたの」

「なるほど。それで怖がっていたんだな」

蓮二は納得がいったという風に笑った。

「昨日までは普通にしていたのに急に暗闇を怖がるようになったから、何かあったのはわかっていたが」

「そ、そんなにびびってないよ!ほんのちょっと怖いなと思っただけなんだからっ」

「そうか」

「もう…なんで笑ってるの!蓮二の意地悪!」

「心外だな。こんなに優しくしてやっているのに」

「優しいけど意地悪だよ」

「お前が可愛らしいので、つい、な」

「れ、蓮二…」

「大丈夫だ、誰もいない」

蓮二の言う通り、真っ暗な廊下には人気がない。
でも、誰か来たら…と心配なのに、蓮二ときたら、あいているほうの手で私の頬を包み込むようにして顔を上げさせ、上体を傾けてキスをしてきたのだ。
切原くんあたりに見られたら次の日にはテニス部中に噂が広がっていることだろう。

「…蓮二のえっち」

「すまないな。お前限定だから許してくれ」

そして、結局許してしまう私もまた蓮二に甘いのである。


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