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※鬼滅にトリップ


何か音が聞こえた気がして目が覚めた。
腕時計を確認すると、まだ早朝と言える時間だった。
もそもそと布団から起き出して、顔を洗いに行こうと部屋を出る。

廊下を少し歩いたところで、先ほど目覚めるきっかけとなった音の正体が判明した。
素振りの音だ。
庭で、着物に袴姿の煉獄さんが目にも止まらぬ速さで木刀を振っている。
彼は手を止めて私のほうを向いた。
爽やかな笑顔。額に汗が光っている。

「おはよう!いい朝だな!」

「おはようございます。帰っていらしてたんですね」

「二刻ほど前にな。君はよく眠っていたな。可愛い寝顔だった」

「み、見たんですか!?」

「見た。可愛かった」

「〜〜〜〜〜〜!!」

「はは、君は本当に愛いなあ!」

朗らかに笑いながらそんなことを言うものだから、こちらは顔が大火事だ。

木刀を片手に歩み寄って来た煉獄さんが私の傍らに腰を降ろす。
そうして彼は、宥めるように私の頭を撫でた。
先ほどまで木刀を握って素振りをしていたからか、その手はとても温かかった。

「すまない。俺が留守の間に元の世界に帰ってしまったのではないかと心配になって顔を見に行ったんだ」

「残念ながら、まだ帰れていません」

「もう諦めてここでずっと暮らさないか?俺が面倒を見るから心配はいらない」

「もう、煉獄さんてば」

「俺は本気だ。本気で君を」

煉獄さんが私を見ている。
私はこの目が少し苦手だ。
力強くて真っ直ぐ射抜くような目。
何もかも見透かされてしまいそうな錯覚を覚える。

「おはようございます」

廊下の反対側から柳君が現れた。
私と一緒にこの大正時代にタイムスリップした、同級生の柳蓮二君だ。

「おはよう!君も早いな!」

「早起きは習慣なので」

「そうだったな!君も朝早くから鍛練をしていると聞いている。立派な心がけだ!」

「ありがとうございます」

テニス部の柳君は朝練があるから早起きなのだ。
こちらの世界に来てからもずっとトレーニングを欠かさない柳君は凄いと思う。

「苗字と何の話をしていたんですか?」

「俺が彼女を口説いていた」

「あまりからかわないでやって下さい。苗字が本気にしたら困ります」

「俺は本気なんだがなあ」

「俺もです」

意味ありげに目線を合わせた二人が同時に私を見る。
えっ、なに?

「苗字は俺がさりげなくアプローチをしても、全く気付かない鈍感なやつですから」

「えっ」

「やはり、もっと正攻法でいくべきか」

「えっ」

「それが良いでしょうね。ですが、俺も負けません」

「うむ!相手にとって不足無し!お互い頑張ろう!」

二人が何の話をしているのか、わかるけどわかりたくない気がしている私の頬を、煉獄さんのゴツゴツしたあたたかい手が優しく撫でる。

「君も、覚悟しておいてくれ。なまえ」

俺は少し走って来る、と言って煉獄さんは走り去ってしまった。
残された私の頭を、柳君がぽんぽんと優しく叩く。

「聞いての通りだ。俺もお前を渡すつもりはない。覚悟しておいてくれ」

柳君、開眼したら怖いよ、柳君。

「俺も走って来るとしよう。戻って来たら……わかるな?」

わかるけど、わかりたくない。
ふっと笑って私の頬を撫でた柳君は、煉獄さんの後を追いかけるように走って行ってしまった。

どうしよう。って、どうしようもないのだけれど。

とりあえず、二人が帰って来る前にお手伝いさんと一緒にお風呂を沸かして朝ごはんの用意をしておこう。


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