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「なまえ」

部屋着に着替え終えたところで、呼びかけとともにドアがノックされた。蓮二だ。

「夕食の支度が出来たそうだ。着替え終わったか?」

「うん」

ドアを開けて部屋を出ると、蓮二はまるでエスコートするみたいにするりと先に立って歩き出した。
こういうの、どこで覚えてくるんだろう?
女の子に車道側を歩かせないようにするとか、重い荷物を持っていたら運んであげるとか…。
少なくとも普通の男子中学生が当たり前に出来るレベルのものでないことだけは確かだ。
そういえば、同じテニス部の幸村くんとか柳生くんもすごく紳士的というか、女の子の扱いが上手い。
もしかして、

「別にレギュラー全員が特別な講習を受けているわけではないぞ」

「…だよね」

考えようとした事を先に言われてしまった。

「普段から礼儀正しい行いを心がけていれば、誰に教えを請うでもなく自然と身についてゆくものだ。それが気遣いというものだろう」

「そうかなぁ…私にはやっぱり蓮二や幸村くん達は特別に思えるよ。もうオーラが出てる時点で普通の男の子とは違うと思う」

「そうか」

蓮二が満足げに笑う。

「お前にとって俺が特別な存在だというなら、それでいい」

私にとっての“特別”にどれくらい価値があるものか疑問だけど、蓮二がいいならいいかと思った私はかなり単純な人間だ。

「相変わらず見事だな」

階段を降りて和室の前に差し掛かったとき、開けっぱなしにされたままの襖から見える七段飾りの雛人形へと目を向けて蓮二が言った。

「お母さんが飾らないともったいないからって」

私が生まれた年に祖父母が張り切って購入した雛人形はかなり立派な物で、せっかくだからと毎年雛祭りの時期には母が納戸から引っ張り出してきて必ず飾っているのだ。

「今年は着物は着ないのか?前は雛祭りの日には着物を着せて貰っていただろう」

「着ないよー。面倒だもん」

「それは残念だ。よく似合っていて、お雛様のように可愛らしかったのだがな」

「お……おかーーさーーん!蓮二がチャラいこと言うーー!」

なんだか急に物凄く恥ずかしくなり、私はお母さんがいるはずのダイニングに向かって走っていった。
後ろで蓮二が笑っているのがわかる。

「こら、家の中で走っちゃダメでしょ!」

しかもお母さんに怒られた。これも蓮二のせいだ。

「だって、蓮二が…!」

「着物がよく似合っていて可愛かったので、そう言ったら逃げられました」

「あら、まあ。来年の雛祭りには着物を着せるから、また遊びに来てちょうだいね」

「はい。必ず伺います」

「なまえをお嫁にいかせる時にはあのお雛様もちゃんと持たせるから、よろしくね蓮二くん」

「はい」

「なんでお母さんも蓮二も普通に話してるの!」

「なあに、今更。蓮二くんがなまえのこと大好きだってことくらい昔から知ってるわよ」

「そういう事だ」

お雛様の段に敷かれた布みたいに顔が真っ赤に染まっているに違いない私の頭を、蓮二が優しく撫でた。



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