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不二くんはいわゆる不思議ちゃんだ。
今日も家庭科の調理実習のとき、そのことを再確認した。

サボテンのワンポイントイラストが可愛いベージュのエプロンを身につけた不二くんは、黒板に材料と手順を書いた先生の説明を聞いたあと、ちょっと困ったように首を傾げてみせた。
ちなみに、本日のメニューは酢豚と玉子スープと春雨のサラダだ。

「ねえ、七海ちゃん。お酢の代わりに七味唐辛子入れたらダメかな」

「それ酢豚じゃなくなるからね、不二くん」

調味料の棚から持ってきたらしい七味唐辛子の瓶を片手に、不二くんは「うーん…」と不服そうな声を出す。
うーんじゃないから。
しかも、根元からくるくる回して蓋を取ろうとしていたところを見ると、味付けとして少量振り掛けるんじゃなく、ドバッと一瓶丸ごと入れるつもりだったよ、この子。

酢豚ならぬ唐辛子豚になるのを阻止した後は、わりと順調に進んだと思う。
不二くんは器用だから包丁の使い方も問題ないし、何でも安心して任せられた。
ただ、やはり味見だけは不二くんに任せずに私がやった。

「不二くん、酸っぱいの嫌いなの?」

「うん、お酢だけはちょっと苦手なんだ」

「ぜんぜん食べられない?」

「ぜんぜんってことはないよ。今日もたぶん大丈夫だと思うけど」

そうは言うものの、完成した酢豚を盛り付けた皿に目を落とす不二くんはあまり気が進まない様子だった。

「お酢、控え目にしておいたけど、ダメそうだったら無理しなくていいからね」

最初のやり取りでなんとなく酸っぱいのが苦手なんだろうなというのは分かっていたので、あんを作る段階でその辺は調整済みだ。

「有難う。七海ちゃんと一緒に作った酢豚だから、きっと美味しいと思うよ」

不二くんはにっこり笑った。

「あ、でも、七味唐辛子も入れていいかな?自分の分だけにするから」

「うん、どうぞ」

「じゃあ遠慮なく」

やっぱり入れるのか、七味唐辛子。
棚に戻さずにまだ持っていたらしい七味唐辛子を再び手にした不二くんは、自分の皿にドバッとそれを振り掛けた。
一瓶丸ごと。

「ちょ、ちょちょちょっと、不二くん!辛いよ!いくらなんでも一瓶丸ごとは辛いって!」

「そう?ボクはいつもこれくらい平気だよ。七海ちゃんは辛いの苦手?」

「ううん、そんなことはないけど…」
さすがにこれは入れ過ぎじゃないかな。

「じゃあ、家でも辛い料理とか作ったりする?」

「そう言われてみると、あんまり辛いのは作らないかも。レシピも辛い料理のはそんなに見ないから、よく知らないし」

「問題ないよ。辛いのはボクが作ってあげるから」

「いやいやいや…なんで私に辛い料理を食べさせる方向で話が進んでるの」

「だって、美味しいって思うものは好きな人と一緒に食べたいって思わない?」

いつものどこかふわふわした笑顔じゃなくて、ちょっとこう……怖い感じの笑い方で微笑んで、不二くんは七味唐辛子まみれの酢豚をレンゲで掬った。

「大丈夫だよ、残さず全部食べられるように、ボクが食べさせてあげる。まずはこれからチャレンジしてみようか。はい、あーんして」

おい結局私に食わせる気か。
可愛い笑顔で恐ろしいこと言うね、この子は!



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