本格的に梅雨入りし、雨の日が増えて来たが、呪霊は待ってはくれない。
それどころか呪術師にとっての繁忙期が始まったため、傑くんと悟くんは毎日のように任務に駆り出されている。
救いがあるとすれば、単独任務ではなく必ず二人一緒だということだろうか。
お陰で二人は今まで以上に仲良くなっていた。今やお互いに親友と言ってはばからない仲だ。
あの悟くんが「俺達、最強だから」と言っていたのを聞いた時は微笑ましく思ってしまった。
今でも時々喧嘩をすることもあるけれど、喧嘩するほど仲が良いと言うし。お互いに気兼ねなく全力で喧嘩出来る相手がいるというのは良いことだ。
硝子ちゃんに言わせると「一人ずつでもタチが悪いのに、つるんだら手に負えない」らしいけど。
必然的に一緒にいる時間が長い私と硝子ちゃんも親友と呼べる仲になっていた。
と言っても、四六時中ベタベタしているわけではなく、ちょうど良い距離感を保ちつつお互いに心地よい関係を築けている感じだ。
むしろ、距離感がバグッているのは悟くんのほうだったりする。

「なまえ、耳かきして」

今日も私の部屋を訪れた悟くんは、そんな要求をしてきた。

「いいよ。ちょっと待ってて」

ハンドタオルをお湯で絞り、耳掃除に必要な道具を揃える。

「もういい?」

「あ、うん」

悟くんは何のてらいもなく私の太ももの上に頭を乗せて、ごろりと横になった。
ほんの少しの躊躇いすらなかった。
物凄く無防備に身を委ねてくるその姿は、普段の傲岸不遜な彼からは想像もつかない素直さで、あまりの可愛さに思わず身悶えしそうになる。

「じゃあ、耳拭いていくね」

「ん」

目を閉じてじっとしている悟くんの耳をお湯を絞ったハンドタオルで丁寧に拭いていく。
耳の外周り、耳たぶ、耳の後ろ。
それから竹製の耳かきを手に取り、耳の外側を溝に沿って優しく掻いた。

「外側は綺麗だけど、中がちょっと汚れてるね。痒い?」

「うん」

「じゃあ、中を掃除していくね」

まずは耳の入口をカリカリ。ここはあまり汚れていなかったので、ほんのお触り程度で次へ。
入口から奥に向かって徐々に中に進んでいく。

カリカリカリカリ、コリッ
カリカリ、カサ……コシコシ

自分でやるのは難しい内側に少し耳垢が溜まっていた。それを耳かきの匙の部分で掬い取るように掻いていく。

「そこすげえ痒い。もっと強くやって」

「こう?」

カリカリッ、ガササ、カリッカリッ

「あーそこそこ、気持ちいい……」

目を閉じたままの悟くんのフサフサの睫毛がふるっと震える。
艶のある唇がうっすら開いていて、何だかいけないものを見ているような気分になる。
危ない、危ない、悟くんの神々しい美貌に気を取られて手が止まってしまうところだった。

「なまえ、お前、傑のこと……いや、やっぱいい」

「うん?」

「何でもない。いいから続けろよ」

悟くんが私の膝頭をぽんぽんと叩いて促す。

「わかった。奥のほうもやるから動かないでね」

「ん……」

奥のほうに塊が見える。それをカリカリと掻き取り、ティッシュに乗せる。
最後の仕上げに綿棒にローションをつけて耳の中に残っていたカスをぐるりと拭き取った。

「悟くん、こっち終わったよ。反対側向いて」

悟くんが目を閉じたまま身体の向きを変える。
今度は悟くんの顔が私のお腹側に向くことになったけど、悟くんは気にしていないようだ。
私も努めて意識しないようにしながら、先ほどと同じように耳を拭くところから始める。
利き手と逆側だからか、こっちは結構汚れが溜まっていた。それを耳かきでカリカリコシコシと掻き取っていく。

やがて、すうすうと微かに寝息が聞こえてきた。
気持ちが良くなって眠ってしまったみたいだ。
嬉しいけど、困ったなあ。これでは動けない。

「なまえ、入るよ」

ノックの音がして硝子ちゃんが入って来た。
硝子ちゃんは私の膝枕で眠っている悟くんを見て一瞬固まったが、すぐにニヤリとして携帯電話を取り出し、写真を撮った。

「夏油に送ってやった。すぐ来るよ」

傑くんは本当に飛んで来た。そして、明らかにキレている顔で悟くんをどこかへ引きずって行った。

程なくしてアラートが鳴り響き、二人が喧嘩を始めたのがわかった。
なんで??

それからしばらくして、いかにも「悟と全力でやり合いました」といった様子の傑くんが部屋を訪ねてきて、耳かきをお願いされた。

「私も耳かきしてもらってもいいかな?」

耳かき、ブームなの?


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