風の強い午後だった。
寒風吹きすさぶというけど、まさしくそれで、冷たい風に身体の芯まで凍えそうになる。

「寒い?寒いよな。これならましか」

悟くんが自分のコートの前を開けて私をそこに包み込むように抱き締めてくる。そうされるとすっぽり悟くんの懐に収まってしまうので、後ろから見ると悟くん一人にしか見えないだろう。
もちろん私が特別小さいわけではない。悟くんが特別大きいのだ。

「ちっちゃくて可愛い」

私のつむじにキスをして悟くんが言った。
今更だけど、この距離感おかしくない?
最近、悟くんは私に対して過保護になった気がする。何というか、態度に余裕が出てきたというか。
私には既に傑くんというお母さんがいるんだけどな。

「なまえとクリスマスイブにデート出来てすげー嬉しい。幸せ」

違う違う。任務だからね悟くん。

赤と緑のモールで飾り付けられたクリスマスソングが響く商店街を手を繋いで歩いたのは確かに楽しかった。クリスマスソングを聞くと、クリスマスだなあという感じがして楽しくなってくるものだ。
お店には入らなかったけど、ウインドウショッピングだけで充分クリスマスムードは楽しめた。

問題はその後である。

今日の現場は、商店街を抜けた先にある開かずの踏み切りだった。

「これまでに四人亡くなっています」

補助監督さんが重々しく言った。

「全員、踏み切りを渡ろうとして真ん中で見えない何者かに足を掴まれて動けなくなり、そこへ電車が来て……ということでした」

「目撃した人がいるんですね」

「はい。我々の窓が一部始終を目撃しています」

なるほど。それで高専に依頼が来たのか。
悟くんは踏み切りの真ん中辺りを見据えていた。その目にはもう呪いがはっきりと見えているのかもしれない。私にも残穢だけはわかった。べったりと地面に張り付いたそれからは血の匂いがする。四人もの人を殺した呪いだ。このままにしておくわけにはいかない。

「帳を下ろします」

補助監督さんが帳を下ろしてくれる。
みるみる内に暗くなっていく辺りに、私は気を引き締めた。

「どうかお気をつけて」

補助監督さんの姿が帳の向こうに消えると同時に、そこかしこから低級の呪霊が湧いて出る。しかし、それらは私達に近付く前に悟くんの術式によって圧縮されるようにして潰されていった。

「なまえに近寄んな」

悟くんが冷たい声で言って踏み切りへと入っていく。その目の前の線路から巨大な毛むくじゃらな腕が突き出して悟くんに掴みかかろうとした。が、ギュルッと空気が渦巻き、悟くんに向かって伸ばされた腕が彼に届く前に押し潰される。

「まだだろ。出て来いよ」

悟くんに挑発されて、呪霊の本体が姿を現した。
巨大な猿のような姿だが、その目は一つでお腹にあたる部分についている。
残った腕を素早く振り回して悟くんを捕まえようとするが、悟くんはひらりひらりと優雅にそれをかわしていた。
そうしながら悟くんがおもむろにポケットから携帯電話を取り出してパカッと開く。

「傑と硝子がチキン買って来るってよ。俺達はどうする?やっぱケーキ?」

「さっき見た商店街で買って行く?」

「だな。傑にメールしとくわ」

悟くんがメールを打ち始める。呪霊は敵わないと悟ったのか、再び線路に潜り込んで逃げようとした。
しかし、悟くんが突き出した手の先で呆気なく潰されてしまう。

「よっし、任務完了。なまえ、デートの続きしようぜ。二人きりのクリスマスデートな」

「悟くん……」

さすがに呪霊にちょっと同情してしまいそうになった。メールを打つ片手間に祓われるって、どうなんだろう。

「なに?ほら、飛ばされるって。ちっちゃいもんな、なまえ。可愛すぎだろ」

悟くんが片腕で私を抱き込むようにして歩き出す。びゅうびゅうと吹き付ける風から守ってくれるのは嬉しいけど、まさかこのまま商店街に行ったりしないよね。

「ケーキはその辺で買うとして、なんか甘いもの食って帰ろうぜ」

そのまさかだった。


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