今日は午前中から都内の某所に任務のために訪れていた。 「窓」の人による目撃情報から午前中にしか現れないとされるその呪霊は一級相当とみなされていたのだが、実際には二級に近い一級といったところだったので、傑くんが難なく調伏してしまった。 補助監督さんが待つ車に戻る前に、黒い玉になったそれを飲み込んだ傑くんに飴ちゃんをあげて、彼が落ち着くまで手を握ったまま少しお話をした。 それにしても寒い。 今日は関東の平野部でも雪になるという予報だったから、いつ白いものが降ってきてもおかしくはないのだが、今のところはまだみぞれに近い雨だった。 「そろそろ戻ろうか」 白い息を吐きながら傑くんが言った。 確かに顔色も良くなってきているし、これなら大丈夫だろう。補助監督さんに弱っている姿を見られたくないという傑くんの矜持も守られるはずだ。 「お昼だけど、高専に戻る前に何か食べて行くかい?」 「そうだね。私、お蕎麦が食べたいな」 「無理に私に合わせなくてもいいんだよ」 「私が食べたいの。傑くん、付き合って」 「喜んで。君は優しいね」 傑くんのほうがよほど優しいと思う。 彼を気遣って握っていた手は、私よりも体温の高い傑くんによってあたたかく保たれていて、逆に守られていた。 気が付くと私はいつも傑くんに守られている。幼い頃からずっと。 「お蕎麦食べて帰ろう、傑くん」 補助監督さんの車に戻り、近くのお蕎麦屋さんを探して貰って二人で入った。 お昼のピーク時間を過ぎていたから店内は混んでいなかった。 「ちょうど良かったね」 「そうだね。何にする?」 「天ぷら蕎麦にしようかな」 「じゃあ、私もそれで」 お茶を運んで来た店員さんに傑くんが注文を告げる。どうやら注文を受けてから打つらしく、少し時間がかかるようだ。 温かいお茶を飲むと、芯まで冷えた身体に染み渡るようだった。 「昨日、夜蛾先生から聞いたんだけど、来年からは私と硝子ちゃんは本格的に反転術式による治療行為が中心になるみたい」 「そうか。私も、今後は悟と二人で組んで動くことが多くなると言われたよ」 今までは、ちょうど四人だから、悟くんか傑くんの任務に私か硝子ちゃんがついていく形での二人組の任務が多かったのだが、これからは高専の医務室に詰めることが多くなると聞いて少し残念な気持ちだった。 「何だか寂しいね。任務で時間がすれ違うことも多くなりそう」 「私もなまえと一緒にいられなくなるのは寂しいよ」 傑くんが言った。 「私のこの力は、君と非術師を守るためにあるからね」 「いまでも充分守って貰ってるよ」 いつだって傑くんは私のヒーローだった。 怖くて泣いていた私をいつも守ってくれていた傑くんは、これからはもっと沢山の人達をその手で守っていくことになるのだ。 私の知らないところで。あるいは私の手の届かないところで。 それがほんの少しだけ寂しい。 「高専に入学したのは、どんな脅威からも君を守れるように、強くなりたいと願ったからだった」 テーブルの上の湯飲みを両手で温めるように持ちながら傑くんが言った。 「それなのに、君と離ればなれになるのなら、それは本末転倒だ」 「傑くん……」 「確かに、非術師を守る行為は呪術師としてのあるべき姿だ。それは正しい在り方だと私も思う。それでも、やはり私にとって最優先すべきなのは君の存在なんだよ」 熱っぽい口調で語られる内容にほんの少し照れくささを感じて、私は傑くんを励ますようにあえて笑顔で言った。 「大丈夫。同じところで暮らしてるんだから、いつでも寮で逢えるよ」 「今までみたいに一緒に朝食をとってくれるかい?」 「もちろん。私も傑くんと一緒がいい」 「ありがとう。少し安心したよ」 その時、ちょうどお蕎麦が運ばれて来た。 店員さんにお礼を言って、いただきますをする。 「傑くん、ざるじゃなくて良かったの?」 「さすがに今日みたいな寒い日は、私も温かい蕎麦を食べるさ」 傑くんはそう笑うけど、本当は私に合わせてくれたのだとわかっている。 そんな傑くんのことが大好きだ。 「私も君を愛しているよ」 「えっ」 「ん?」 外との気温差で窓が曇っている。どんよりとした空から降るものは、雨から雪に変わりつつあった。 |