「毎日君の作る味噌汁が飲みたい」 大根と油揚げのお味噌汁を飲み終えた傑くんがしみじみとした口調で言った。 確か前にもこんなことがあった気がする。 台風の翌朝、始発で戻って来た傑くんは自室でシャワーを浴びて着替えてから真っ直ぐ私の部屋に訪れていた。 お土産を受け取り、「温泉どうだった?」なんて話をしながら食事の支度をして、一緒にテーブルにつき、ご飯を食べていたら冒頭の台詞である。 「早くお嫁においで。結婚しよう」 確かに、子供の頃はそうなるのが当たり前なのだと思い込んでいた。あの頃の私なら素直に頷いていただろう。 でも、いまはもっと複雑な感情が胸の中で渦巻いている。というか、それ以前に。 「まだ結婚出来る年齢じゃないよ傑くん」 「そうだったね。じゃあ、予約ということで」 結婚に予約なんてあるのだろうか。 婚約?許嫁?いずれにしてもちょっと気が早すぎるんじゃないかな。 「ちなみに私達の結婚については、私の親も君のご両親も既に了承済みだ」 「えっ」 「将を射んと欲すれば先ず馬を射よというだろう?だから外堀から埋めさせてもらったよ」 そうだった。傑くんは確かにそういうタイプだ。任務の時もそうなのだから、これは傑くんの行動力を甘くみていた私のミスだ。 私の親も既に懐柔済みとなると、後は私の気持ち次第ということになるのだろうか。 でも、私は……。 こんな時に悟くんの顔を思い浮かべてしまう私は最低だ。二人を両天秤にかけてしまっている。自己嫌悪でどうにかなりそうだった。 「わかっているよ。悟のことだね」 「ごめんね……ごめんなさい……」 「謝らないでくれ。君をそんな風に追い詰めてしまっているのは私達なのだから」 だから、と傑くんは続けた。 「大丈夫、焦らなくていいさ。例えどんなに揺れ動いても、君は必ず私を選んでくれると信じているから」 「傑くん……」 「悟には渡さない。いや、他の誰にも渡さない。私が君だけのものであるように、いずれは君も私のものにしてみせる」 こういうのを鬼気迫るというのだろうか。 この時の傑くんは、いつもの傑くんではなかった。 「ごちそうさま。美味しかったよ」 しゃもじを手にしたまま固まってしまっていた私に、傑くんはそう言って立ち上がり、食べ終えた食器をシンクに運んで行った。 そして、ごく当たり前のように洗い始めたので、フリーズから回復した私は慌てて彼のもとへ行き、洗い終えた食器を布巾で拭き始めたのだった。 そっと伺った横顔はいつもの傑くんのそれで、内心ほっとした。 「結婚がどうとかはまだよくわからないけど、傑くんは良い旦那さまになりそう」 「だろう?こんな優良物件は滅多にないよ。早く売約済みの札を貼っておいたほうがいい」 笑って誤魔化したのは、傑くんが本当の本当に本気かもしれないと思って少し怖くなってしまったからだった。 傑くんのことは好きだけど、大好きだけど、大事な幼馴染みというだけではもうダメなのだろうか。 「そんな顔をされたら離せなくなってしまうよ」 私はどんな顔をしていたのだろう。 困ったように微笑んだ傑くんに優しく抱き締められる。 「あたたかいね」 「……うん」 はっきりとわかっているのは、このぬくもりを他の誰にも渡したくないということだけだった。 単なる子供じみた独占欲なのかもしれない。でも、そう思ってしまったのは紛れもない事実だった。 「あ、もうこんな時間」 「さすがにそろそろ行かないとまずいな。向こうにいるから着替えておいで」 傑くんに促されて支度を終えた私は、彼と一緒に部屋を出て教室に向かった。 「おっせーよ、傑。って、なまえも一緒だったのかよ」 教室に入ると、机の上に長い脚を乗せて椅子をゆらゆらさせていた悟くんが真っ先に声をかけてきた。 硝子ちゃんももう来ている。目が合うと、硝子ちゃんは何もかもわかっているというようにニヤリと笑ってみせた。やっぱりお見通しかあ。 「はい、これ。温泉まんじゅう」 「おう。サンキュー」 傑くんが渡したお土産を受け取った悟くんが傑くんを睨み付ける。 「じゃなくて、なんでお前がなまえと一緒に来てんだよ」 「なまえの部屋で食事をご馳走になっていたんだ。しょうが焼きも、大根と油揚げの味噌汁も、小松菜のおひたしも、茶碗蒸しも、どれもとても美味しかったよ」 ガターン!と大きな音を立てて椅子を跳ね飛ばした悟くんが立ち上がる。 硝子ちゃんが、あーあと言いたげな顔をしているのが見えた。 「表に出ろ、傑。今日という今日は決着をつけてやる」 「奇遇だな。私もそうしようと思っていたところさ」 「ダメだよ、二人とも。いまから座学の授業があるんだから」 「止めるなよ、なまえ」 「危ないから君は下がっていてくれ」 「ああ?俺がなまえを危ない目に遭わせるわけないだろ」 「それが呪術高専始まって以来の問題児の言う台詞か?笑わせてくれる」 「もう!やめなさいってば!」 問題児二人。ただし最強。 |