接近中の台風の暴風域に入ったため、帰りの足が無くなり、傑くんが任務先に足止めされてしまった。
補助監督さんが手配してくれた温泉宿で一泊して帰るよという傑くんと電話で話した後、寮の自室の窓から何とか外の様子が見えないかと目をこらしていると、湯上がりでほかほかの悟くんが部屋を訪ねて来た。

「なんか見える?」

悟くんに向かって首を横に振る。
真っ暗でよくわからないけど、外は悲惨な有り様になっているに違いない。
ただ物凄い音ばかりが聞こえてくる。

「だよな。桃鉄やろーぜ」

「いいよ。でも、悟くん強いからなあ」

「ちゃんと手加減してやるって」

それから二人でしばらくの間ゲームをして遊んだ。
あまりに熱中していたので風の音も気にならなかった。

それにしても、悟くんがこの部屋で寛いでいる姿にすっかり慣れてしまった。まったく違和感を感じない。
彼が当たり前のように私の側にいてくれることが少しくすぐったい。

「なまえ、手ぇ止まってる」

「あ、ごめん」

「もしかして俺に惚れ直してた?」

「うん、悟くんと仲良くなれて嬉しいなあって」

傍若無人で気まぐれな猫みたいな悟くんの懐に入れて貰えたことが素直に嬉しい。

「ヤバい」

悟くんが手で口元を押さえる。

「ぎゅんてきた」

「きゅんじゃなくて?」

「ぎゅん」

よくわからないけど私の発言の何かがツボに入ったらしい。顔を赤くした悟くんが私を睨む。

「あんま可愛いこと言うなよな。襲われても知らねえぞ」

せっかく我慢してやってるのに、と悟くんがぶつぶつ文句を言っているのを聞いていたら、何の前触れもなく突然電気が消えて真っ暗になった。

「さ、悟くん!」

「大丈夫だって。ただの停電だろ」

「うん……」

「怖いならこうしててやるから」

悟くんに引き寄せられて、とんと頭が悟くんの肩口と思われる場所に当たった。
私の肩を抱いている悟くんからはシャンプーだかボディソープだかの良い匂いが香ってくる。そんなに近くにいるんだと思うとドキドキした。

「ガキの頃にもあったな、停電。一人で部屋にいたら急に真っ暗になってさ」

悟くんが言った。

「すぐに誰か来るだろと思ってたのに誰も来ねーの」

「怖かった?」

「怖くはなかった。ただムカついただけ」

「じゃあ、寂しかった?」

「かもな。最強に生まれついたゆえの孤独ってやつ?」

悟くんは冗談めかして言ったけど、私は無性に悲しく感じられて悟くんの硬い身体を抱き締めた。

「もう孤独じゃないよ。悟くんには私達がいるから。私も、傑くんも硝子ちゃんもいるからね」

「…そうだな」

悟くんがそっと抱き締め返してくる。
あたたかい。悟くんのぬくもりに包み込まれると凄く安心する。悟くんが安心させようとしてくれているのがわかる。
さっきまでドキドキしていたのが嘘のように私の心は落ち着いていた。

「なあ、このまま──」

悟くんの言葉はドアを開ける音に遮られて消えてしまった。
懐中電灯の明かりに照らし出され、その眩しさにほっとすると同時に残念な気持ちにもなった。

「なまえ、大丈夫?」

硝子ちゃんだ。私を心配して様子を見に来てくれたらしい。
近付いて来た硝子ちゃんから煙草の匂いがした。外に吸いに行っていたのだろう。

「ごめん、遅くなった。寮母さんのとこに懐中電灯取りに行ってたから」

「大丈夫、ありがとう硝子ちゃん」

「で、五条は何やってんの」

「見りゃわかんだろ。いいところなんだから邪魔すんなよ硝子」

悟くんが硝子ちゃんに向かってべぇっと舌を出し、しっしっと手を振ってみせる。
そんな悟くんの挑発にも硝子ちゃんは冷静だった。

「抜けがけしようとしてたって夏油に報告するからな」

悟くんが舌打ちする。

「いちいちうるせーんだよ、あいつ。なまえの母親かよ」

ちょっとわかるかも。時々、傑くんのことお母さんって呼びそうになるし。
そう言うと、二人とも笑い転げていた。

「マジでウケるわ。傑かわいそー」

あっ、電気ついた。


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