青空と白い入道雲が夏らしいコントラストを描く真夏日に、私達は任務のためにとある古びた洋館を訪れていた。 瀟洒な造りの館はすっかり朽ち果て、かつては美しかったであろう庭は雑草が生い茂ってしまっている。 呪霊は上手く隠れているらしく、肝心の本体がどこにいるのかわからない。 「さっさと終わらせて帰ろうぜ」 「二手に分かれるか」 じゃんけんの結果、悟くんと硝子ちゃんが館の中を、傑くんと私が外側を捜索することになった。 傑くんと二人きりになるのは正直気まずかったが、これもお仕事なので仕方がない。 「もしかして、意識してる?」 「全然してないよ!」 「相変わらず嘘が下手だね」 傑くんはちょっと笑うと、改めて庭を見回した。 「かなり広いな。とりあえず館の周りを一周してみよう」 「うん」 雑草をかき分けるようにして進む傑くんについて歩いていく。 少し歩くと開けた場所に出た。 「薔薇園?」 見渡す限り一面の薔薇。色とりどりのそれらは、いまが盛りとばかりに満開の花を咲かせていた。 「薔薇の季節って真夏じゃないよね?」 「五月と秋だよ。まともに手入れもされていないのに、この時期にこんな風に咲き乱れているのはおかしい。呪霊の影響かもしれない」 「呪霊の……」 本当にそうなのだろうか。 「こんなに綺麗な薔薇なのに」 この薔薇達からは嫌な気配を感じない。むしろ、愛情いっぱいに育てられた花特有の美しさがあった。 「あっ」 「どうした?」 傑くんがすぐに歩み寄って来る。 「ごめん、大丈夫。薔薇の棘に指を引っかけちゃっただけだから」 「見せてごらん」 思わず、あっと声が漏れた。 傑くんが私の手首を掴んだかと思うと、ぷくりと血が滲んだ指を口に含んでしまったからだ。 あたたかい口腔に包まれて、生暖かい舌で滲んだ血ごと傷口を舐められる。ちゅく、と吸われる感覚に頭がくらくらした。 「す、傑くんっ」 「ん?」 「は、反転術式で治せるからっ」 「ああ……そうだったね」 本気で忘れていたらしい。 傑くんから解放された指を反転術式で治して息をつくと、ふと視界に白いものが見えた。 「えっ」 綺麗な着物を着た女の人が、館の裏手を指差している。 と思ったら、まるで煙のように消えてしまった。 「傑くん、いまの」 私が言いかけた瞬間、館の中から凄い爆発音が聞こえてきた。 何事かと思う暇もなく、館の外壁が爆音とともに破壊され、巨大なミミズのような呪霊が外に飛び出してきた。 「待ちやがれ、このっ!」 壊れた外壁の穴から悟くんが飛び出してくる。 呪霊は館の裏手に向かっていた。見れば、地面に大穴が開いている。あそこが巣なのだろう。早くしないと穴の中に逃げ込まれてしまう。 「ワームか。手持ちに欲しいな」 傑くんは冷静だった。 呪霊を出して進路を塞いでから悟くんに目を向ける。 「悟。あれは取り込むから、適当にダメージを与えたら祓わないで私に任せてくれ」 「わかった」 空気が収れんしていき、呪霊の胴体の一部が捩れて破裂した。 悟くんの術式順転「蒼」だ。 のたうち回る呪霊の前に傑くんが立つと、呪霊はシュルシュルと丸まっていって、真っ黒な玉になった。 それを傑くんが指で摘まんで口の中に入れる。ごくりと飲み込んだと同時に喉が動いた。何度見ても苦しそうな光景だ。 「傑くん、ポカリ飲む?」 「ありがとう」 私からスポーツドリンクを受け取ってごくごく飲んでいる傑くんは、どことなく顔色が悪く見える。 呪霊という異物を体内に取り込んだのだから、それは苦しいだろう。 その苦行を、傑くんは「非術師を守るための、強者としての義務」だと思って耐えているのだ。 「大丈夫だよ」 心配そうに見守っていた私にペットボトルを返して傑くんが微笑む。 「君を守るためだと思えば、これくらい何ともないさ」 「傑くん……」 「おい、二人の世界作んな」 悟くんが傑くんの背中をバシッと叩き、肩を組んで、先ほどの呪霊について話し始めた時、硝子ちゃんが瓦礫をかき分けて館から出てきた。埃だらけでげほげほと咳き込んでいる。 「硝子ちゃん、大丈夫?怪我してない?」 「まあ、何とか。五条、あいつマジで無茶苦茶。後でぶん殴る」 硝子ちゃんの身体から埃を払いながら、私はさっき見た女の人のことを考えていた。 きっとあの人は死んだ後も大好きな薔薇園を守りたかったのだろう。 私にも命を懸けても守りたいものがあるからよくわかる。 硝子ちゃんに文句を言われている悟くんの横で、だいぶ顔色がましになった傑くんの手を引いて笑いかける。 「帰ろう、みんな」 |