「京都姉妹校交流会?」

「ああ。毎年九月にやるんだが、出場予定の三年生が辞退を申し出てきた。代わりにお前達を行かせろとな」

あー、あの先輩達ね。腹いせに何か仕掛けてくるかもしれないとは思っていたが、そういう方向で来たか。
夜蛾先生の言葉に私は傑くんと顔を見合わせた。
何にせよ嫌がらせには違いない。

「傑くんと悟くんを指名してくるということは、ただの仲良し交流会じゃないんですよね?」

「そうだ。要は生徒同士の呪術合戦だ」

呪術高専東京校と京都校の学生同士で技や術式を競い合う恒例行事であり、参加するのは二年と三年。二日間の戦いの中で、仲間を知り己を知ることを目的とした呪術合戦であるとのことだった。
相手に再起不能の怪我を負わせること及び殺害以外は何でもありだというから、物騒極まりない。

「初日に団体戦、二日目に個人戦が行われるのが通例となっている」

「余裕だろ。俺達、最強だし」

「負ける気はしないね」

悟くんも傑くんもやる気満々だ。
まあ確かに、ここで断ったりしたら尻尾を巻いて逃げ出したとか言われそうだし、そもそも彼らのプライドが許さないだろう。

「お前達の心配はしていない。硝子となまえも数合わせで入っているが、大丈夫か?」

「大丈夫です。硝子ちゃんは私が守ります」

「なまえ、愛してる」

「私も硝子ちゃんを愛してる」

「愛を確かめ合っているとこ悪いが、そこは悟か傑が言う台詞なんじゃないのか?」

「私と悟でなまえ達を守るのは、言うまでもなく大前提なので」

私達の身を案じる夜蛾先生に、傑くんが優等生らしく余裕の微笑みで答えた。
悟くんは硝子ちゃんに「足引っ張るなよ」などと憎まれ口を叩いている。口は悪いけど、ちゃんと守ってくれるつもりでいるようなので安心した。

「じゃあ、全員参加でいいな。頼んだぞ、お前達」


とは言え、九月はまだまだ先の話だ。
その前に座学のテストがあるし、呪術師にとっての最大の繁忙期もまだ当分終わらない。
先輩達とはその後顔を合わせることもなく、日々は忙しく過ぎて行った。

今日も朝から傑くんと悟くんは任務に行っていて、私は硝子ちゃんと一緒にテスト勉強に励んでいた。

「そっか、硝子ちゃんは卒業したら医師免許を取るんだね。ちゃんと先のことまで考えてて凄いなあ」

「なまえはやっぱり呪術師?」

「そうだね、反転術式を生かした仕事がしたいなって」

「なまえも医師免許取れば?高専の校医なんていいんじゃない」

「うん、そうなれるといいなあ」

硝子ちゃんが自分の部屋に戻った後も、私はまだぼんやり考え事をしていた。
将来のことなんて、考えたこともなかった。
それは確かに、小さい頃は大きくなったら傑くんのお嫁さんになるんだと思い込んでいたけど、それは将来の夢というにはあまりにも幼い考えだったし、硝子ちゃんのようにしっかりとした目標があるわけではなかった。
だから、たぶんこのまま何となく呪術師を続けていくのではないかと思っている。
もしも高専の校医さんになれたら、それはきっとやり甲斐があるだろう。

「ん?」

そんなことを考えていたら、バイブに設定していた携帯が振動した。
開いた画面に映るのは「傑くん」の文字。
私は迷わず電話に出た。

「もしもし?」

『夜遅くにごめん。いまから出て来られるかい?』

「うん、いいよ。どこで待ち合わせる?」

『寮の前で待ってる。風が冷たいから上着を着ておいで』

「わかった。すぐ行くね」

椅子に掛けてあったカーディガンを手に取り、そっと部屋を出る。
カーディガンを着ながら階段を降りて寮の入口まで行くと、まだ制服のままの傑くんが待っていた。任務から帰って来たばかりのようだ。

「お疲れさま。お帰りなさい、傑くん」

「ああ、ただいま」

傑くんはちょっと照れくさそうに笑うと、私の手を引いて歩きだした。

「どこに行くの?」

「着いてからのお楽しみだよ」

昔もこんなことがあった。その時は夕日が綺麗に見える丘の上に連れて行ってもらったのだった。あの丘はいまでも二人だけの秘密の場所になっている。

「ここまで来ればいいかな」

高専の敷地内からギリギリ出た場所まで来ると、傑くんは飛行用の呪霊を出した。

「えっ、飛んで行くの?」

「歩くとかなりかかるからね。空からならあっという間さ」

傑くんに抱き上げられて呪霊の背に乗り込む。あまりにも軽々と抱き上げられたのでびっくりしてしまった。
小さい頃、呪霊に襲われて怖くて泣きながら帰った時には家までおんぶをしてもらったことがあるが、あの時よりも確実に強く大きく逞しく成長しているんだなと感じられて、何だかくすぐったいような気持ちになった。

「寒くないかい?」

「うん、傑くんとくっついてるから平気」

傑くんの腕の中はとてもあたたかい。
冷たい夜風も全く気にならなかった。

「私は忍耐力を試されている気分だよ」

密着している身体から傑くんの心臓がどくんどくんと力強く脈打っているのがわかる。もしかして、緊張してる?

「ああ、ほら、見えて来た」

傑くんの視線を辿ると、木々に囲まれた湖が見えた。
鏡のような湖面が星空を映し出している。

「わあ、綺麗……!」

「喜んで貰えて良かった。独り占めするのは勿体ないと思ってね」

「ありがとう、傑くん」

「今夜のことは二人だけの秘密だよ」

「うん、約束する」

小指と小指を絡め合う。
少し子供っぽいかなと思ったけど、傑くんは切れ長の瞳を優しく細めて嬉しそうに微笑んでいた。

雨上がりの澄んだ星空と美しい湖に挟まれて。
まるで、世界に二人きりになったような夜だった。


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