最初に困ったのはやはり着る物だった。
何しろ五条さんはデカい。身長もあるし筋肉質なその肉体に合う服となると、とりあえずユニクロで間に合わせるというわけにもいかない。一応、父が泊まりに来た時に着替え用に買ったスウェットを着て貰ってみたのだが、やはりぴちぴちだった。ズボンに至っては丈も足りない。

「えっ、元号変わったってマジで!?」

「そうですよ。今は令和4年です。平成時代のものは平成レトロって呼ばれていてJKに人気です」

「マジかぁ。なんか一気に年取った気分」

そんな会話を交わしながらトールサイズを扱っている店で何着か服を試着して貰ってトップスからボトムス、アウターまで一通り買い揃えた。予定外の散財だが五条さんのためなので仕方がない。お店の人もノリノリで試着に付き合ってくれたし。
同じ女として気持ちはわかる。モデル並みのスタイルと国宝級の美貌の持ち主が来店したのだから、彼に一番似合うものを!と力が入るのは当然のことだろう。

「ちょっと遅くなっちゃいましたけどお昼ご飯にしましょうか」

着替えの買い物を済ませ、ドラッグストアなどで日常生活に必要なあれやこれやを買い終えると、お昼のピークを過ぎて丁度良い時間になっていた。

「いいね。出来れば甘いものが食べたいな」

「いいですよ。糖分摂って頭回さないといけないですもんね。美味しいパンケーキのお店がありますからそこに行きましょう」

「ありがとう。話が早くて助かるよ」

そのお店に入った途端、店内にいたお客さん達が一斉に五条さんのほうを見た。ですよね。こうなると思ってピークを外したのに考えが甘かったようだ。アルバイトらしき若い女の子なんて目が釘付けになったまま完全に仕事を忘れてしまっている。当の五条さんは涼しい顔だ。
罪な人だよ、五条さん。

「ここがいいかな。なまえ、おいで」

五条さんにエスコートされて流れるように椅子に座らされる。窓際の良い席だ。さすが女の子の扱いに慣れているなと感じられるスマートさと優雅さだった。まあ、お会計は私なんだけど。

「僕はこれにするよ。なまえはどうする?」

「私はチョコレートのにします」

「ああ、チョコもいいね。ちょっと貰ってもいい?僕のもあげるから」

「いいですよ」

「ありがとう。なまえは優しいね」

五条さんがにっこり笑う。そこかしこから女性客のため息が聞こえてきたのは気のせいではないはずだ。

「どうして私だったんでしょうか」

運ばれてきたパンケーキを食べながらぽつりと呟く。

「五条さん推しの人なんて星の数ほどいるのに、よりによって夏油さん最推しの私のところに来るなんて」

「さあ?どこの世界でも神様は気まぐれなものと決まってるからねえ」

五条さんは少し面白がっている口調で言った。その表情からは余裕さえ伺える。こんな状況でさえ楽しんでしまえるその器の大きさが羨ましい。

「もしかして迷惑だった?」

「そんなことないです。五条さんが来た時、ああ、何かよくわからないけど素敵なことが始まったんだなってワクワクしました」

「あはは、なまえも充分イカれてんね。好きだよ、そういうとこ」

楽しそうに笑った五条さんがテーブルの上に置かれていた私の手に自分の手をそっと重ねた。ドキッとしてぴくりと動いた手を握り込まれる。そうして優しい声音で尋ねてくる。

「傑のことが好き?」

「す、好きです」

「そう」

五条さんの笑みが深くなる。妖艶ささえ漂わせているその微笑を向けられて私の心臓はどっくんどっくんとせわしなく動いていた。違う、違う。私が好きなのは

「傑よりも僕のことを好きにさせてみせるから覚悟しておいて」

甘い美声で囁いた五条さんは私の唇についていたチョコレートを親指の腹でそっと拭うと、ぺろりと赤い舌を覗かせてそれを舐めとった。

「帰る時には連れて帰っちゃうかもしれないけど、いいよね?」

もう既に落ちかけているので本気モードで口説いてくるのはやめて下さい。



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