「今日は暖かくて良かったですね」

「そうだね。絶好の遊園地日和だ」

「悟」

「はいはい、わかってますよ。仕事はちゃんとやるって」

今日の任務は遊園地のお化け屋敷に棲み着いた呪霊を祓うというものだが、男女のカップルの前にしか現れないとのことだったので、囮役としてなまえが同行している。
これまでにも生徒を任務に同行させることはあったが、特級術師二人であたる任務に女生徒を連れて行ったことはない。そのあたりの危険性を理解しているのか、悟は相変わらずのんきなものだった。

「夏油先生、ごめんなさい」

「何故謝るんだい?君は何も悪くないよ」

「あ、贔屓!傑がなまえを贔屓してる!」

贔屓して何が悪い。なまえは優秀な生徒で硝子と同じかあるいはそれ以上の強力な反転術式の使い手だ。何より可愛い。内面の美しさが外見に表れている。贔屓するなというほうが無理な話だ。
そういう悟もなまえを気に入っていて、誰の目から見ても明らかなほど可愛がっている。硝子に言わせれば、なまえは厄介なクズ二人に気に入られた哀れな子羊らしい。

その硝子もまさか私が本気でこの少女に惚れ込んでいるとは思ってもいないだろう。
そう、私はなまえを愛している。一人の女性として。心の底から。
この歳になって初めて経験する本気の恋。初恋だった。なまえが高専を卒業したらプロポーズするつもりだ。それくらい私は本気だった。
そして、この上なく厄介なことに、悟も私と同じ気持ちだということを私は知っている。教師としての倫理観はどこへやら、平気で教え子に手を出そうとする悟を牽制する毎日の中、今日のこの任務なのだった。
私が悟の魔の手からなまえを守りきらなければならない。
それなのに、悟はちゃっかりなまえと二人で後部座席に収まっていて、私は助手席に座るはめになっていた。

「あ、見えてきましたよ」

運転している伊地知が前方に目を向けたまま言った。
確かに観覧車が見える。あれがこの遊園地のシンボルなのだろう。

「観覧車、一緒に乗ろうね」

「悟」

「相変わらずお堅いなー。いいだろ、ちゃんと任務終えてからにするって」

「君ってやつは、まったく」

「でも、私も先生達と遊園地に来られて嬉しいです」

「観覧車だけでいいのかい?パンフレットによるとジェットコースターも名物みたいだよ。あと、私のことは傑と呼んでくれて構わない。呪霊を誘きだすにはカップルらしく振る舞わなければいけないからね」

「傑、お前さぁ……」

くだんのお化け屋敷は他のアトラクションから離れた場所にあった。
二階建ての洋館なのだが、エレベーターに誰かが乗っていたとか、二階のバルコニーに誰かが立っていたとか、館内で誰かに追いかけられたとか、噂は様々だ。噂は。
問題は、表向きには伏せられているが行方不明になったカップルの数がおびただしいということである。

「帳を下ろします。お気をつけて」

伊地知が指印を組んで言った。

「闇より出でて闇より黒くその穢れを禊ぎ祓え」

帳が下りて、辺りが闇に包まれていく。これで遊園地に来ている他の客達は入って来られないし、中の様子が見えることもなくなった。

「じゃ、行こっか」

悟がなまえの腰を片腕で抱き寄せてさっさとお化け屋敷の中に入って行く。クソ、先を越された。

「もしかして、怖い?」

悟が顔を覗き込むと、なまえは小さく頷いた。よく見れば顔色が悪い。

「昔からお化け屋敷は苦手で……びっくりさせられるのがだめなんです」

「なにそれ可愛すぎるんだけど」

笑い事じゃないぞ、悟。
かわいそうななまえを悟から奪い取り、ぎゅっと抱き締める。

「可愛い可愛い愛してる」

大丈夫だよ。私がついているから。

「えっ、あの、」

「傑、お前心の声と口に出してるのが逆になってるじゃん。ウケる」

ゲラゲラ笑う悟を置いてさっさと歩き出す。あらかじめ偵察用に出しておいた呪霊に反応があった方角へ向かえば、それはすぐに姿を現した。
天井から逆さまに。

なまえを背に庇うようにして手持ちの呪霊で攻撃を仕掛ける。すると、それは呆気なく降伏出来た。黒い玉となったそれをポケットにしまい、なまえの背を撫でてやる。

「もう大丈夫だ」

「はい、ありがとうございます、夏油先生……傑さん」

「傑だけずるい!僕も名前で呼んでよ!」

「さ、悟さん?」

「いいね。今日はそれでいこう」

やれやれ。私はもう少しで吹き出すところだった鼻血を意思の力で止めると、はしゃいでいる悟の頭を軽くはたいてからなまえの手を取った。

「さあ、出よう。観覧車、乗るんだろう?」

「いいんですか?」

「もちろん」

「いやいや、まずはジェットコースターでしょ。観覧車はシメってことで」

悟がいなければ最高のデートだったのに。

結局、観覧車を除く殆ど全てのアトラクションを制覇したのだが、その頃にはもう昼時になっていた。

「どうする?レストラン入る?」

「あの、実はお弁当作ってきたんです。良かったら食べて下さい」

お弁当?お弁当と言ったのか、今。
なまえの手作り弁当だって?もちろん食べるに決まっている。
私はなまえに笑顔を向けた。

「可愛い可愛い抱きたい」

ありがとう。いただくよ。

「傑、だから逆だって、逆」

悟に突っ込まれるなんて心外だ。それにしても私のなまえが可愛すぎる。

「完全にイカれてる傑のことは放っておいていいから食べよ食べよ。うっわ、うまそー!あはは、ウィンナーがタコさんだ。可愛いねぇ」

悟はベンチになまえを引っ張って行き、早くも弁当を広げて食べ始めている。
悟のやつ、この可愛い生き物を独り占めするつもりか?そうはさせない。タコさんウィンナーは私のものだ。

「悟、悪いが死んでくれ」

「お前今日はマジでヤバいね」



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