七歳の時、初めて本家の集まりに連れて行かれた。 私の家は分家とも呼べないような遠縁の親戚にあたるとかで、本家の催し物に参加するのは初めてだった。 何でも五条家の嫡男の七歳の誕生日なのだそうだ。 上座には恐ろしく綺麗に整った顔立ちをした真っ白な髪の男の子が座っていて、一人ずつ進み出てはお祝いの言葉を述べる大人達をつまらなそうな顔で適当にあしらっていた。 暢気な子供だった私は、お誕生日なのに嬉しくないのかな、ケーキはいつ出て来るんだろうなどと考えていたのだが、事はそう単純な話ではなかったのだ。 大人達は声をひそめて「数百年ぶりの無下限呪術と六眼の抱き合わせ」などと囁きあっていたが、幼い私には何のことなのかさっぱり理解出来ていなかった。 ただ、大人達の態度から、その男の子が特別扱いされていることだけはわかった。 また一人、煌びやかな着物を着た女の人が進み出て、張り付いたような笑顔を男の子に向けた。 「あらまあ、賢そうなお坊ちゃまですこと」 「うるせえよ。オカメインコ」 あまりにも的確な台詞に、我慢出来なくて私は思わず吹き出してしまった。 だって、赤くて丸い頬に真っ白な白粉を塗った顔と髪型が本当にオカメインコそっくりだったのだ。 「ぷっ、ふふっ!」 「こ、こら、なまえ!」 「ごめんなさい……ふふふっ!」 隣に座っていた母には青ざめた顔で怒られてしまったけれど、その男の子はただじっと私の顔を見下ろしていた。 青い瞳がキラキラ輝いて見えてとても綺麗だと思ったのを覚えている。 「あれがいい」 男の子が真っ直ぐ私を指差して言った。 「俺の誕生日プレゼント、あれをくれよ」 「そ、それは」 「何でもいいんだろ?なら、あれがいい」 すたすたと歩いてきた男の子が私を見下ろして笑った。 「お前、いまから俺の許嫁な」 大人達の間にざわめきが広がる。 それが私と悟くんの初めての出逢いだった。 進学する時は当然のように悟くんと一緒に高専の東京校に入ったし、卒業後はきっと当然のように悟くんのお嫁さんになるのだろうなと思っている。 「許嫁なんて堅苦しいしきたりに、よくあの悟が従っていると思ったら、そういうことか」 私と悟くんの馴れ初めを聞いた夏油くんは納得したように頷いた。 「要はなまえに一目惚れしたんだね」 「どうかなあ。私は悟くんのことが大好きだけど」 「いや、むしろ悟のほうがなまえにべた惚れだと思うよ」 夏油くんはそう言って優しく笑った。 「夏油くんは優しいね」 「なまえにだけね。私は悟と違って好きな子には優しくしたいタイプだから」 「もう、またそうやってからかう」 夏油くんはいつもとても優しいけど、時々こうして私をからかうので反応に困ってしまう。 「でも、今日は付き合ってくれてありがとう」 「任務のついでだからね、礼には及ばないよ」 今日は夏油くんと二人で任務に行ったのだが、帰りに有名なパティスリーに寄って貰ってケーキを受け取るのに付き合ってくれたのだった。 言うまでもなく、悟くんのための誕生日ケーキだ。 「悟くん、喜んでくれるかな」 「それはもちろん。私が保証するよ」 「夏油くんは本当に優しいね」 「いまからでも悟から私に乗り換えるかい?」 「もう、夏油くんってば」 「冗談だよ」 そうこうする内に私達を乗せた車は高専に到着した。 「ケーキ、落とさないように気をつけて」 「うん、ありがとう」 ケーキの箱が入った手提げ袋を持って降りると、そこには既に悟くんが待ち構えていた。 「なまえ、怪我は?」 「大丈夫。どこも何ともないよ」 「だよな。傑が一緒だったんだから当然か」 悟くんの目がケーキの入った紙袋に向けられる。 「あ、あの、これは」 「悟へのプレゼントだよ」 夏油くん! 「へえ、俺へのねえ?」 なんで言っちゃうのと夏油くんを見るが、彼は微笑むばかりで、私の背を軽く押して悟くんのほうへ押しやった。 たたらを踏んだ私を、悟くんが私の両肩を掴んで支えてくれる。 「えっと……」 「行くぞ」 「どこに?」 「俺の部屋」 悟くんに手を引かれていきながら振り返ると、夏油くんが私達に向けて手を振っていた。 「心配しなくても、聞こえないふりをするから大丈夫だよ」 「夏油くんっ!」 そのまま遠ざかっていく姿に、まともに抗議も出来なかった。 「お前、最近やたらと傑と仲良いよな」 「えっ、焼きもち?」 「馬鹿、調子乗んな」 悟くんの部屋に着くと、私はテーブルに箱から取り出したケーキを置いた。 フォークを用意して、悟くんと向き合う。 綺麗なあの青い瞳と目が合ってドキリとする。 どうやらずっと見られていたらしい。 「ホールで買ったのか」 「うん。四人で食べると思ってたから」 「傑と硝子は来ねえよ」 「そうなの?」 「二人きりは嫌か?」 「ううん、嫌じゃないよ」 二人きりじゃバースデーソングを歌うのは恥ずかしいなと思っていたら、悟くんは私を自分の隣に座らせるなり、フォークでケーキを一口分掬って食べてしまった。 「甘い」 「美味しい?」 「ああ。お前も食えよ」 食べろと言ったのに、悟くんはフォークを手にした私の手首を掴んで止め、私の顎を片手で掬い上げた。 国宝級の綺麗な顔が近づいてきて、目を閉じる。 唇と唇が触れあって、生クリームを纏った舌が口の中に入ってきた。 口内を舐め、私の舌を絡めとってから出て行った悟くんの舌が唇を舐める。 「美味かっただろ?」 「……うん」 「もっと美味いもんが食いたいって言ったらどうする」 それはつまり、そういうことなんだろうか。 混乱する私を悟くんはゆっくりベッドに押し倒した。 「嫌じゃないなら逃げるな」 「い、嫌じゃないけど、」 心の準備が、と言えば、悟くんは意地悪な顔で笑った。 「今日、俺の誕生日だろ?」 ──ああ、もう、ずるい。 夏油くんはこうなることがわかっていたのだろうか。 「他のこと考えるなよ。俺のことだけ見てろ」 悟くんに怒られてしまった。 エスパー? 意地悪なことも言われたけれど、悟くんは優しかった。 |