北関東の冬をナメていたわけでは決してない。しかし、まさか任務を終えた直後に物凄い猛吹雪に見舞われるとは思ってもみなかった。 一番の誤算は、私と傑くんを迎えに来るはずだった補助監督さんの車が吹雪による大渋滞で動けなくなってしまったことだった。 とりあえず一晩こっちに泊まって、翌日別の車を派遣してもらえることになったのは良かったけれど、いざホテルにたどり着いたところで、また別の問題が待ち受けていた。 「えっ、一部屋しか取れてない?」 「誠に申し訳ございません。こちらの手違いで、一部屋しかご予約出来ていませんでした」 しかも、この吹雪で足止めを食らった人達が押し寄せてきたせいで、既に満室なのだそうだ。これには困った。 今から他のホテルを探したところで状況は似たようなものだろう。 「仕方ないよ、傑くん。私なら大丈夫だから、我慢しよ?」 「なまえがそれでいいなら、私も構わないよ」 穏便に片付いたことでほっとした様子のフロント係さんからルームキーを受け取り、エレベーターに乗り込む。 「でも、本当に良かったのかい?」 「うん。相手が五条くんだったら困ってたかもしれないけど、傑くんだから」 「私は男として意識されていないということかな」 「傑くんは誰よりも信頼出来る、カッコいい男の子だよ」 「可愛いことを言ってくれるね」 傑くんとそんな話をしている内にエレベーターが目的の階に到着した。 部屋を探して廊下を歩き、見つけたドアをルームキーで開けて中に入る。 傑くんが電気のスイッチを押した。 明るく照らし出された室内に鎮座しているダブルベッドを目にした途端固まってしまった私に、傑くんが苦笑する。 「ツインだと思っていたんだろう?」 その通りです。ごめんなさい。 「とりあえず、風呂に入って温まっておいで。私は後でいいから」 「でも、傑くんだって身体が冷えてるのに」 「私は頑丈だから大丈夫だよ。なまえとは鍛え方が違うからね」 言いながらタオルを渡される。 鍛え方については本当にその通りなので、ぐうの音も出ない。 「だから、ちゃんとバスタブにお湯を張ってゆっくり浸かっておいで」 「うん、ありがとう」 これ以上食い下がっても無駄だと判断した私は、素直に頷いて浴室に向かった。 私がいつまでもぐずぐずしていたら、その分だけ傑くんがお風呂に入る時間が遅くなってしまう。 なるべく早く洗って上がろう。 そう考えながら手早く髪と身体を洗い、シャワーで泡と汚れを洗い流した。 それから一応バスタブにお湯を入れ、ちゃんと温まりましたよと言えるように少しだけ湯に浸かった。 熱い湯に浸された手足がじんと痺れるような感じがして、それからじんわりと身体全体に温もりが広がっていく。 傑くんを待たせていなければ、ずっとこうしていたいくらい気持ちがいい。 もちろん、そういうわけにはいかないので、名残惜しいと訴える身体に鞭打ってバスタブから出た。 「随分早かったね」 身体を拭き、備え付けのパジャマに着替えてから脱衣所を出ると、傑くんは椅子に座って長い脚を優雅に組み、本を読んでいた。 「ちゃんと温まったよ」 ほら、と傑くんの頬を両手で挟み込むように触れる。 すると、傑くんは瞳を細めて、温もりを確かめるように私の手の平にすりと頬を擦り寄せた。 「確かに温かいね。でも、もっとゆっくりしてきても良かったのに」 「私なら大丈夫。傑くんも早く入ってきて」 「ありがとう。入って来るよ」 「うん、ゆっくり温まってきてね」 椅子から立ち上がった傑くんが脱衣所に入って行ったのを見送り、ドライヤーのスイッチを入れる。 温風で濡れた髪を乾かし終えて、手持ち無沙汰になったところで傑くんがテーブルに置いていった本が目に入った。 ニーチェかあ。また難しそうなの読んでるなあ。 なんだっけ、有名なアレ。 「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」 いつの間にお風呂から上がってきていたのか、傑くんが歌うように言って、片手を本の表紙に乗せた。 どうやらホテルを予約する際、補助監督さんが長身の外国人向けのトールサイズを指定しておいてくれたらしい。 もう一組あった男性用パジャマは袖や裾が短すぎるということもなく、傑くんの大きな身体にぴったり合っていた。 ドライヤーをかけていない洗いざらしの長い黒髪が肩や背に流れ落ちている姿は、何度見ても色っぽくて心臓に悪い。 「ちゃんと温まった?」 「どうかな。確かめてみるかい?」 「えっ」 やんわりと手首を掴まれて、パジャマの襟元から中に手を入れられる。 逞しい身体に直に触れさせられて、私は真っ赤になってしまった。 「す、傑くん!」 「これだとわからなかった?じゃあ、こうしようか」 手首を掴まれたまま引き寄せられ、傑くんに抱き締められる。 大きな身体は温かく、私はすっぽりと抱き包まれてしまった。 「傑く、」 「好きだよ、なまえ」 上半身を屈めた傑くんにキスをされ、頭が真っ白になる。 「んんっ」 甘いキスに夢中になっていたら、傑くんの大きな手がパジャマの裾から入り込んで素肌を撫でられたので、思わずびくんと身体が跳ねてしまった。 「キスより先に進むのは怖い?」 迷った末に、おずおずと頷くと、また優しくキスをされて、抱き上げられた。 ダブルベッドに降ろされ、上から傑くんが覆い被さってくる。 見上げると、目と目が合った。 傑くんの切れ長の目の中に見間違えようもない欲情の色が浮かんでいるのがわかって、ひくりと喉が鳴る。 「嫌だったらすぐに言ってくれ。止めるよう努力する」 「ど、努力なの?」 「私も男だからね」 途中で止めるのは難しいということなのだろう。男の人はそういうものなのだと雑誌か何かで見た覚えがある。 「これは?」 私の首筋に顔を埋めた傑くんが、ちゅ、ちゅ、と肌に唇を落とし、やわく吸い付いてくる。 「嫌、じゃない」 ふ、と傑くんが笑ったのがわかった。 吐息が肌にかかり、滑り落ちた長い黒髪の帳の中に閉じ込められる。 いつの間にか、パジャマのボタンが全て外されていた。 傑くんの大きくてあたたかいゴツゴツした手が素肌の上を這い回っている。 もう片方の手は、指を絡めて私の手を握り込み、ベッドに軽く押さえつけられていた。 まるで、逃がさないとでもいうように。 「これは?」 「嫌じゃ……ない」 |