その村で保護した二人の女の子は、美々子ちゃんと菜々子ちゃんというらしい。
夏油くんが優しく尋ねて聞き出してくれた。
長らく監禁されていた彼女達をそのまま連れて帰るわけにもいかず、ひとまず一番近い町のホテルに部屋を取ることになった。
高専への連絡は夏油くんに任せて、ボロボロの格好のままの二人を浴室に連れて行く。

「お風呂で綺麗にしてから着替えようね」

二人は不安そうに一度夏油くんのほうを振り返ってから、私に向かって小さく頷いてみせた。
あの村から救いだしたことで、一応私も多少なりとも信頼を得ているようだ。
それとも、ただ単に彼女達も女の子だからいまの自分達の身なりが気になっていたのかもしれない。

とにかく、濡れてもいいように私も制服を脱ぎ、身体にバスタオルを巻き付けて一緒に浴室に入った。

まずはシャンプーから。
汚れが酷くて最初は全く泡立たなかったが、根気よく何度も洗い流してはシャンプーするのを繰り返す内に、ようやく白い泡がふわふわと泡立ち、指も通るようになってきた。
そうして頭がさっぱりしたところで、今度は丁寧に身体を洗う。
美々子ちゃんが終わったら、次は菜々子ちゃんも同じ要領で洗っていく。
長年に渡る汚れを洗い流した二人は、それはそれは可愛らしい女の子達だった。

タオルで水気を拭き取った二人に、ここへ来る途中に買っておいた新しい下着と服を着せる。
私も制服を着てから、二人を夏油くんのところへ連れて戻った。

「ほら、可愛くなったよ」

「本当だ。二人とも可愛いね」

夏油くんに微笑みかけられた二人は恥ずかしそうに俯いてもじもじしている。可愛い。

「ありがとう、なまえがいてくれて助かったよ」

心から感謝しているといった感じの夏油くんに曖昧に笑って誤魔化しながら、私は内心では大いに安堵していた。

何故なら、私は、『こうならなかったはずの未来』を知っていたからだ。

話は私が高専に入学した日まで遡る。

初めて夏油くんに会った私は、村人を皆殺しにして返り血で染まった彼の未来の姿が見えて、危うく悲鳴をあげてしまいそうになった。
夏油傑は非術師を殺して呪詛師として追われる身になる。
それがわかった私は、密かに夜蛾先生に全てを打ち明け、対策を練った。
夏油傑を呪詛師にしないために。

しかし、これが大変だった。

まずは夏油くんの信頼を得るために、彼と一緒の任務を増やして貰い、それ以外の時でもなるべく彼を独りにしないように行動を共にした。
五条くんと一緒の時は安心して五条くんに夏油くんのことを任せられた。
二人は私が見た通り、親友となり、時にはぶつかり合いながらも友情を深めていった。

天内理子の件は、見えていたのに助けられなかった。
そして、この一件を境に、五条くんは一人での任務が増えたので、夏油くんを絶対に単独任務に行かせないように夜蛾先生にかけあって、必ず私が一緒に任務に向かうようにした。
ひたすらサポートに徹し、夏油くんが呪霊を球状にして取り込んだ後には、口直しに甘い飴やジュースを差し入れることを続けた。
灰原くんの死が夏油くんの心に暗い影を落とすことがわかっていたので、灰原くんが命を落とすはずだった任務には五条くんに行って貰った。
また、厄介な問答で夏油くんに影響を与えることがわかっていた九十九さんには会わせないように暗躍した。

その苦労が実ったのか、運命の日、夏油くんは村人に手をかけることはなく、美々子ちゃんと菜々子ちゃんを保護しただけでその村から立ち去ったのだった。

「君がいてくれて、本当に良かった」

ベッドですやすやと眠る美々子ちゃん達からそっと離れ、ベランダに出た夏油くんは私に向かって微笑んだ。
湯上がりでほどかれたままの長い黒髪が風に吹かれてそよいでいる。

「悩んだり苦しかった時、君はいつも私の側にいて優しく気遣ってくれた。それがどれほど嬉しかったかわかるかい?」

「そんな、友達として当然のことをしただけだよ」

「友達、ね……」

夏油くんは何故か悲しげに瞳を伏せた。

「かなり露骨にアプローチしてきたつもりなのに、君ときたら全く気付いてくれないのだから参ったよ」

「えっ」

「私にとって、君は特別な、誰よりも大切な女の子なんだ。この意味はわかるだろう?」

「えっと、あの」

「君が好きだ。愛している」

言葉を濁したら、直球で来た。
困った。この展開は全く予想していなかった。

「頼むから拒絶しないでくれ。君に拒まれたら、私は自棄になって何をしでかすかわからない」

「わ、私も好きだよ!」

私はやや食い気味に叫んだ。
ここまで来て彼を闇堕ちさせてしまったら、今までの努力が全部無駄になってしまう。

「ありがとう。嬉しいよ」

本当に嬉しそうに笑った夏油くんに抱き締められる。良心が痛んだ。

「例え嘘でも、これから好きになって貰えるように努力するよ。だから、私から離れないでくれ」

「夏油、くん……?」

切れ長の瞳の中で昏い情念が揺らめいているのが見えて、私は思わず息を飲んだ。
恐ろしい大蛇に巻き付かれているように、抱き締めてくる腕から逃げられない。

「何があろうとも、絶対に君を離さないよ、なまえ」


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