午後一の授業は眠気を堪えるのが大変だ。
お昼休みに食べたお弁当でお腹が満たされている上に、程よく暖かい気候も相まって、ついうとうととしてしまいそうになる。
それが古文の授業だと特に。
先生が読み上げる教科書の内容が子守歌に聞こえてくる。いや、スリープの呪文かもしれない。ありおりはべりいまそかり。

「なまえ!」

突然、長閑な空気を切り裂いて凛とした美声が響いた。
教室のドアをバン!と乱暴に引き開けて現れたのはよく知る人物だった。
190cmを越える長身に、黒尽くめの服装。
彼が指で目隠しを引き下ろすと、女子の間に悲鳴に似たざわめきが広がった。

「五条さん?」

驚く私に素早く歩み寄った彼は、有無を言わせず私にスクールバッグを持たせると、私の手を引いて「誰?」「めっちゃイケメン!」などとざわつく中、教室の出入口に向かって歩き出した。

「おい、君……!」

「すみませんね。緊急事態なので早退させます」

「早退って、ちょっと待ちなさい!」

「待てませーん」

五条さんは教室を出ると、おもむろに私を抱き上げてスタスタと廊下を歩いていく。
開けっ放しになったままの教室のドアの向こうからキャー!という黄色い悲鳴が聞こえてくる。
昇降口から出てもお姫様抱っこのままだったので、校庭にいた他のクラスの子にギョッとした顔で見られた。
これ明日どう説明しよう。

人目につかない路地に入ると、五条さんは私をお姫様抱っこしたまま空中に飛び上がった。軽やかに屋根を蹴って飛んでいく。

「あの、五条さん?」

「呪詛師に狙われてる。守ってあげるから大人しくしてて」

「じゅ、呪詛師!?」

私は五条さんの紹介で「窓」になったばかりの一般人だ。
そんな私のどこに狙われる要素があるというのか。

「どうして呪詛師なんかに」

「僕の恋人だってバレた」

「はい!?」

五条さんは「いやあ、参ったね」などとのんきに笑っている。
誓って言うが、私と五条さんはそんな関係ではない。

「この前実家に帰った時にちょっと惚気たら、上層部の爺どもの間で『五条の坊の若紫』だって噂になってさ。たぶんそれを聞きつけたんだろうね」

なんということだ。
私の知らないところでそんな大事になっていたなんて。

「あ、あの、」

「緊張してるね」

五条さんが苦笑する。
世にも美しい顔が間近に迫ってきて、私は情けなくも、ひっと声を詰まらせてしまった。

「僕が怖い?」

全力で頷きたいところだったが、そうするともっと恐ろしい目に遭う気がして出来なかった。

「い、いえ……」

「じゃあ、僕のこと、好き?」

何がじゃあなのかわからなかったが、私の青ざめた顔を見て、五条さんは大げさにため息をついた。

「だよねえ。まあ、これから好きになって貰うからいいけど」

ちゅ、と額にキスをされて、私は飛び上がらんばかりに驚いた。

「好きだよ。愛してる」

甘い声で囁かれて、ドキドキとゾクゾクに同時に襲われる。

私は特別な術式があるわけでもないただの「窓」だ。
御三家のような格式ある家柄の生まれというわけでもない。
五条さんに執着される理由が全く思いつかない。

「僕も、まさかこんな子供に欲情する日が来るとは思わなかったよ」

「よく、!?」

「でも、好きになっちゃったものは仕方ないよね」

空中に浮かんだまま、五条さんは私にキスをした。今度は唇に。しっかりと舌まで入れられた。

「とりあえず、しばらくの間は僕の家で暮らしてもらうことになるから」

これからよろしく

そう笑って青い瞳を細めた五条さんが呪詛師なんかよりもよほど恐ろしい存在に見えたのは、たぶん、きっと、気のせいじゃない。


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