呪術師は「窓」による目撃情報などを元に呪霊が発生した現場に派遣されるわけだが、いざ着いてから情報と呪霊の数や等級が違うということが時々あったりする。
今回もそうで、呪霊は二体という話だったのに、実際には十体もいた。
とはいえ、どれも三級以下の雑魚だったため、なんとか一人でも祓うことが出来た。

「や。お疲れサマンサー!」

「五条先生?」

現場一帯を覆い隠していた帳が消えた後、補助監督さんの車がある場所に戻ると、何故か五条先生がいた。

「呪霊は全部祓えたみたいだね。えらいえらい」

大きな手でぐりぐりと頭を撫でられる。

「今日は上層部の人達と会合じゃなかったんですか?」

「なまえが一人で十体相手にしてるって連絡が来たから、心配でトんで来たんだよ」

補助監督さんのほうを見れば、申し訳なさそうに「苗字さんに何かあったらすぐ連絡するよう言われていたので……すみません」と謝られてしまった。補助監督さんは悪くないのに。

「はい、乗って乗って。さっさと帰るよ」

五条先生に車の後部座席に押し込まれる。
私を座らせると、当然のように五条先生も隣に乗り込んできた。
補助監督さんも運転席に座り、すぐに車が動き出す。
スペースに余裕があるにも関わらず、ぴったりくっついて座っているため、触れている場所から五条先生の体温が伝わってきて、なんだか気恥ずかしい。

「疲れた?」

「大丈夫です」

「いいから寝てな。着いたら起こしてあげる」

五条先生が自分の身体にもたせかけるように私を抱き寄せる。
こんな状況で絶対に眠れるわけがないと思っていたのに、車の微妙な振動を心地よく感じている内に自然と目蓋が落ちてきた。
自分で思っていた以上に疲れていたのかもしれない。

「おやすみ」

優しい声を耳にしたのを最後に、私の意識は眠りの淵に落ちていった。



次に目が覚めた時。
最初に目に映ったのは、黒だった。
それが五条先生の着ている黒い服で、自分が知らない部屋のソファに座った先生に抱っこされていて、服越しでさえわかる先生の逞しい胸板に頭を預けて眠っていたことに気がつくと、私は軽いパニック状態に陥った。

「ここっ、どこですか?なんで……」

「高専の地下だよ。よく寝てたから、今のうちにって連れて来ちゃった」

「怖いです!」

てへ、じゃないです。
意識がない間に知らない場所に連れ込まれるなんて怖すぎる。笑い事じゃない。

「とりあえずシャワー浴びておいでよ。着替えもあるから」

こうなると何を言っても無駄な気がしたので、大人しく従うことにした。

ドアを開けた先にあった脱衣所で制服を脱ぎ、バスルームに入ってシャワーを浴びる。
汚れと一緒に疲労も流れ落ちていくようで、次第に頭がすっきりしてきた。
バスルームを出て、戸棚にあった部屋着に着替えてから脱衣所のドアを開ける。

薄暗い部屋の中には大きくて快適そうな革張りのソファがあり、その前に木製のローテーブルと、これまた大きな大画面テレビが置かれていた。
五条先生は寛いだ様子でソファに身体を預けてテレビを見ていた。
画面には外国人の男女が映っている。どうやら洋画を見ているらしい。

「おいで」

振り返った五条先生が私を呼ぶ。
目隠しのせいであの印象的な青い瞳は隠されているけれど、笑みを浮かべた口元だけでイケメンだとわかるって凄いと思う。

おずおずと歩み寄ると、先生は私を自分の脚の間に座らせた。
そうして密着した状態で私の肩口に顔を埋めて、深く息をつく。
熱い呼気が肌にかかり、くすぐったさに身を竦めるが、先生はお構い無しに深呼吸を繰り返した。
車の中でも思ったけど、五条先生は距離感がバグっている。
だってこれは明らかに男女の適切な距離じゃない。

「あー、癒される」

「会議、大変だったんですか?」

「まあね」

教員なんて柄じゃないと言って憚らない人だ。いくら最強の男でも、慣れないことをすると疲れもするのだろう。
「そんなことより」と先生が顔を上げる。
顎を親指と人差し指で挟むように摘ままれて先生のほうに振り向かされた。
先生が目隠しを引き下ろしたので、しっかり目と目が合う。
青い宝石のような六眼が間近で煌めいていた。

「今日は本当に心配した。お前が死ぬんじゃないかと思って、めちゃくちゃ焦ったよ」

「えっ」

「呪術師の最期なんてロクなもんじゃない。大抵死ぬ時は一人だ」

静かな声で先生が言った。
いつものおちゃらけた雰囲気は全く無く、なんだか少し怖い。

「でも、お前は僕が守るから、僕の知らないところで死なないで」

約束、と大きな手が手に触れ、指を絡め取られた。
指切りをした指がそのまま手の甲を滑り、ぞくりと背筋に快感が走る。

「ねえ、なまえ。気付いてるよね?僕の気持ち」

「わ、わかりません……」

「へえ。とぼける気?」

不穏な感じで笑った先生に、まずいと思った時には既に半ば強引に口付けられていた。
がっつり口と口を合わされ、熱い舌に口の中を舐め回される。
挙げ句の果てに絡め取られた舌をぢゅうと吸われ、頭が真っ白になった。

口を離した五条先生が至近距離で濡れた唇を舐め取り、凄艶な笑みを浮かべてみせる。

「こういうことだよ」



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