私には苗字なまえという「現在」の記憶とは別に、イギリスの特殊工作員として生きた男の記憶がある。 いわゆる前世というやつだ。 過去の私ならばナンセンスだと笑い飛ばしていただろう。 しかし、実際に生まれ変わりというものを体験してしまうと、この世は不思議なもので満ち溢れていることがよくわかる。 そのひとつが「呪霊」だ。 一般人には見えないこのゴーストが私には生まれた時から見えていた。 初めこそ驚いたが、幼稚園に通い始める頃には私は既に奴らの対処法を学んでいた。 自分の身体に流れている呪力と呼ばれる霊的な力を道具にこめることで、それが奴らを撃ち祓う武器となることを知ったのだ。 これには前世の記憶が役に立った。 簡単なことだ。「標的」が呪霊という存在に変わっただけである。 対処法さえわかれば、もはや奴らは百戦錬磨の特殊工作員であった私の敵ではなかった。 いまの私はこの東京都立呪術高等専門学校に通う女学生であり、準一級になりたての呪術師だ。 多くの呪術師がこの高専を拠点に活動しており、ここでは学生は通常の教育だけでなく、呪霊や呪力、術式などについての専門的な授業を学ぶことになる。 また、呪術師として等級に合わせた任務の斡旋・サポートなども行なわれている。 「なまえ、お前今日ここな」 同級生の五条悟が、彼が座っている隣の席を指差す。 ぶっきらぼうな言い方だが、自分の隣に座ってほしいあたり、嫌われているわけではなさそうだ。 無粋なサングラスに隠されているが、彼は素晴らしく整った容姿をしている。 惜しむらくは、同級生の女子が私と硝子の二人だけという点だ。普通の共学であったら、彼はさぞモテたことだろう。 「どうして?」 「この前の座学の時は傑の隣に座っただろ」 「悟の隣が嫌なら、今日も私の隣で構わないよ、なまえ」 「ざけんな、傑。抜け駆けしてんじゃねえよ」 「心外だな。私はなまえの意思を尊重しようとしているだけだよ」 この男は同じく同級生の夏油傑。 悟とは趣きの違う、オリエンタルな顔立ちの美形だ。 物腰が柔らかく、優しげな話し方をするため、彼は悟よりもモテる。 実際、彼と二人でとある高校の呪霊を祓いに向かった際には、助けた女生徒達全員から連絡先を書いたメモを渡されそうになっていたくらいだ。 好きな子がいるからと全て断っていたが。 二人とも既に呪術師の最高ランクである特級呪術師に認定されている。 それのみならず、二人とも術式に頼らない体術での戦闘を得意としていた。 顔だけの男ではないということだ。 単純な筋力では二人には敵わないが、前世の経験を元にしたテクニックを活かした戦法で、私も彼らにひけをとらない自信がある。 そんな彼らは私が羨ましくなるほどの親友同士だった。 「二人とも喧嘩しないで」 理由が何であれ親友と争うのはよくない。 ここは可憐な大和撫子の如く振る舞わなければ。 「私は硝子の隣に座るからいいよ」 「何でだよ!」 「どうしてそうなるかな」 二人の争いは止められたが、何故か二人とも矛先を私に向けてヒートアップしてしまった。どうしてだ。 「もういっそ、机三つくっつけて真ん中になまえ座らせれば?」 硝子までもが呆れたように告げてくる。 「お前頭いいな」 「さすが硝子だね」 二人は感心したようにその提案に従ってガタガタと机を移動させはじめた。 悟も傑も頭の良い男であるはずなのに、私に関わることになると突然IQが下がってしまうのは何故なんだ。 「そんなことしたら夜蛾先生に怒られるよ」 「大丈夫だって。お前は何も心配すんな。最強の俺らに任せとけ」 「なまえ、さあ、ここに座って」 傑が優しく微笑んで恭しく真ん中の椅子を引いてくれる。 レストランで女性をエスコートする男の振る舞いとしては満点だが、ここは高専の教室だ。 「硝子が一緒なら……」 私は一人になってしまう硝子が心配だった。 たった二人きりの女子なのに、嫌われてしまったら悲しい。 悟が舌打ちして「しょうがねえな」と言いながらまたひとつ机を動かした。 「……お前ら、そんな仲良かったか?」 四つ一列に並んだ机と、私達の顔を、夜蛾先生は何とも形容しがたい表情で見渡した。 ちなみに、左から、硝子、悟、私、傑の順である。 呪霊との命懸けでエキサイティングな戦いもあるが、高専は今日もそれなりに平和だった。 |