お見合いをすることになってしまった。
本家の当主から持ち込まれた話なので、立場上断れない。
とにかく指定された時間に指定された場所へ行けばわかるからと言われて押しきられてしまった。

言われた通りにやって来たのは、都会の中のオアシスのような、森林公園に囲まれた一軒の料亭。
まず門構えからして立派過ぎて回れ右をしたくなった。こんな高級そうな料亭を指定してくるのだから、相手は間違いなくお金持ちだ。
事前に知らされていた情報によると、費用などは全て相手方持ちなので何も心配はいらない、身ひとつで来いとのことだった。
何故私なのだろう。私は別段珍しい術式を持っているわけでもない、どこにでもいる普通の呪術師だ。
そんな私とわざわざお見合いがしたいなんて、どんな物好きだろうといささか不審に思いながら中に入ると、話が通してあったらしく直ぐにこれまた立派な離れへと案内された。

「こちらでお待ちです」

雅な雰囲気に気後れしている私に構わず、案内係を務めた着物の女性が扉を開け、中に入るよう促す。

「やあ、来たね。待ってたよ」

そこにいたのは、私がこの世で一番苦手としている人物──当代最強と名高い特級呪術師の五条悟その人だった。
見るからに高級そうな料理がずらりと並べられたテーブルの向こう側に座っている五条さんが、私に向かって気さくな感じで片手を挙げてみせる。
それを見るや否や、私は今度こそ回れ右をして逃げ出そうとしたのだが。

「えっ、嘘、開かない!?」

どうやら外から鍵を閉められてしまったらしい。というか、料亭の離れって外から施錠出来るものなの!?

「まあまあ、落ち着いて」

思わず声にならない悲鳴をあげてしまった。
一瞬の内に私の背後に五条さんが移動していたからだ。
五条さんは私をひょいと抱き上げると、そのまますたすたと大股で先ほどまで座っていた場所に戻って、そこに再び腰を降ろした。
胡座をかいた上に私を抱っこしたままで。
そうして、うきうきした様子で箸を手に取る。

「何から食べる?ここの料理美味しいよ」

伊勢海老の身を器用にほぐし取った五条さんが箸で私の口元まで運ぶ。
私が涙目でふるふると首を横に振ると、五条さんは「海老は嫌い?」と小首を傾げてみせた。
いかにも無害ですみたいな、あざといその仕草からは彼の真意は読み取れない。

なるべく五条さんのほうを見ないようにして石のように身を硬くしていたら、五条さんは箸をことりと置いて、ため息をついた。

「わかった、わかった。騙し討ちみたいな真似をしてごめん。でも、こうでもしなきゃお前僕に逢ってくれなかったでしょ」

それは否定出来ない。
何しろ、五条さんには、高専の先輩後輩だった頃に散々いじめ抜かれたのだから。
卒業してからは避けまくっていたのと、五条さん自身が多忙なために全く逢う機会がなかったから、勝手にもう大丈夫だと安心してしまっていた。
まさかこんな形で再会するなんて。

「泣かないで」

いつの間にかぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。
五条さんの手が近付いてきたので反射的にビクッと身を竦ませると、そっと優しく涙を拭われた。

「もう酷いことなんてしない。約束する」

後頭部を大きな手の平に支えられて、五条さんの肩口に顔を寄せるように頭を固定される。

「あれは、何て言うか、いわゆる好きな子いじめってやつだったんだ。お前があんまり可愛くてすぐに殺されそうだったから、ついあんな構い方をしちゃったんだよね。本当にごめん」

「そんな……」

「今更虫がよすぎるってわかってる。でも、許してほしい。今でもずっとお前のことが好きなんだ」

私は完全に混乱していた。
五条さんが私を好き……?
何かの間違いとしか思えない。

「好きだよ、なまえ。愛してる」

私の戸惑いを突き崩すように五条さんが言った。
後頭部を支えていた手が優しく髪を撫でる。
顔を伏せている肩口からは良い匂いがしていて、酸素を求めて呼吸をするたびに五条さんの匂いを肺いっぱいに吸い込んでしまう。
密着した身体から伝わってくる体温が心地よく、少しでも気を抜けば落ちてしまいそうだった。

「は、離して下さい……!」

「ふふ、手強いね。それでこそ僕のなまえだ」

五条さんが私を抱えて立ち上がる。
歩いていった先には襖があった。
片腕で私を抱いたまま、五条さんが片手でさらりと襖を開ける。
そこは二十畳はあろうかという広い和室だったが、問題はそんなことではなかった。
その部屋の中央には、一組の大きな──ベッドで例えるならキングサイズの──布団が敷かれていたからだ。

恐る恐る五条さんの顔を見ると、彼は笑っていた。
それはもう背筋が凍るような凄艶な笑みを浮かべ、青い双眸を愉しげに細めて私を見ていた。

「仕方がないから、身体から先に堕としてあげる。僕に抱かれてもまだ虚勢を張れるようなら褒めてあげるよ」


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