「傑となまえの結婚を祝って、乾杯!」

メロンソーダを持ち上げた悟の音頭に合わせて、私達は自分のグラスを掲げた。
傑と硝子ちゃんは日本酒で、私はハイボール。灰原くんはビールで、七海くんはウィスキー。悟がメロンソーダなのは下戸だからだ。
てんでバラバラだけど、それぞれの個性が表れていて楽しい。何より無事に今日という日を迎えられたことが嬉しかった。
仲間達に囲まれて微笑んでいる傑を見て、ここに至るまでに色々なことがあったなあと、一人しみじみと思い出していると、悟に肩を抱かれた。メロンソーダで酔っ払うはずがないのだが、雰囲気に呑まれてハイになっているのかもしれない。

「知ってた?僕、実はずっとお前のこと好きだったんだよね。いまからでも僕に乗り換えない?」

「おっ、いきなり浮気宣言か?」

すかさず硝子ちゃんが囃し立てる。

「ダメですよ、五条さん!なまえさんは夏油さんの奥さんなんですから!」

真に受けてしまった灰原くんがすぐさま抗議の声を上げた。彼はもう既に顔が赤い。
見かねた彼の相棒が店員さんを呼び止めて烏龍茶を頼んでいた。
私から腕を離した悟はターゲットを灰原くんに変えたようだ。純真な灰原くんをからかって遊び始めた。

「灰原で遊ばないで下さい、五条さん」

そこへ七海くんが加わって混戦模様だ。

「冗談だって。七海は過保護だねえ」

灰原くんを庇う七海くんの様子がツボに入ったのか、悟は楽しそうにケラケラ笑っている。
それよりも、傑がさっきからずっと黙ったままなことが気になった。楽しく騒いでいるみんなを独り静かに眺めている様子に不安になる。

「傑、大丈夫? 気分でも悪い?」

傑の顔を覗き込むと、まるでそれを待ち構えていたように口付けられた。
えっえっ?と慌てる私を抱き締めて、傑は小さく息をつく。

「本当はずっとこうしたかった」

「傑?」

「ごめん」

私を離した傑は、見ているこちらの胸が痛くなるような微笑みを浮かべていた。

「君はまだこっちに来てはダメだよ」




はっと目が覚める。
そこは明るく賑やかな居酒屋ではなく、暗い寝室のベッドの上だった。
いつの間にか溢れ出ていた涙がこめかみを流れ落ちていく。

「どうしたの。怖い夢でも見た?」

男らしい指先に涙を拭われ、まばたきをした拍子にまた涙がこぼれ落ちた。
隣にいた悟に抱き寄せられて、ぽんぽんと優しく背中を叩いてあやされる。

「大丈夫。僕がついてるから」

それでようやく、ああ、あれは夢だったのだと気が付いた。
どこまでも幸せで、だからこそ残酷な夢。

傑と私は恋人同士でも何でもなかった。最初から最後までただの私の片想いで終わった恋だった。
それでも、傑がいなくなった後、独りではとても生きていけそうになかった私は、「初めて逢った時からずっと好きだった」と言ってくれた悟に、彼の優しさに縋ってしまったのだった。
悟は優しかった。
傑がいなくなって胸の中にぽっかりと開いた穴を埋めようとしてくれているかのように。

変わってしまった一人称。
それだけではない。傑が離反した後、悟は随分と丸くなってしまった。
独りで最強の名を背負って生きることになった悟に、せめて心だけは常に寄り添いたいと、彼の妻として生涯傍にいることを決めた。
それなのに、今更あんな夢を見るなんて。
とっくの昔に葬ったはずの恋だった。

「いいんだよ、お前はそれで」

悟の優しい声が耳を打つ。

「お前の中の傑ごと、僕が全部受け止めるから」

だから、もう悲しい夢は見ないで




「──なまえさん、大丈夫ですか?」

「あ、ごめん。ちょっとぼんやりしてたみたい」

「疲れているんですよ。俺が見張ってますから、もう少し横になってて下さい」

「ううん、もう大丈夫」

パチパチと焚き火が爆ぜる音がする。
虎杖くんを探しに行った乙骨くんはまだ戻って来ていないようだ。無事に合流出来ているといいのだけど。

獄門疆の中に封印された五条先生を取り戻すためにも、まずは虎杖を探したい。そう言った伏黒くんの意見に同意した私は、魔境と化した東京へ潜入していた。
乙骨くんとは現在別行動中だ。
虎杖くんのことは乙骨くんに任せておけば大丈夫だろう。きっと上手くやってくれる。

待っていて悟。必ず助けるから。

それまでは、もう悲しい夢は見ない。


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