※美容師パロ


いつもは約束の時間の30分前行動を心掛けているけど、美容室の予約ではそれは早すぎる。
予約時間の10分前に美容室のドアを開くと、木の温かみが印象的な店内では、いずれも顔見知りの五人の男性美容師さんが立ち働いていた。
カリスマ美容師として有名な、店長の五条さんと副店長の夏油さん。
二人の一つ下の後輩の、七海さんと灰原くん。
清掃や備品の管理など店内の雑事全てを任されている伊地知さん。
そして、唯一の女性従業員である受付の硝子ちゃんだ。
私は元々硝子ちゃんの友達で、彼女からこのお店を紹介されたのだが、いまではすっかり皆さんと顔馴染みになっていた。

「いらっしゃい。今日もぴったり10分前だね」

ひらひらと手を振って硝子ちゃんが出迎えてくれる。
右目の下の泣き黒子がセクシーな美人さんだが、こう見えてかなりの酒豪だったりする。

「おはよ、なまえ」

「久しぶりだね。逢いたかったよ、なまえ」

硝子ちゃんに挨拶をしていると、五条さんと夏油さんが私を見つけたらしく颯爽と現れた。
二人とも相変わらずスタイルが良くてイケメンだ。しかもイケボ。神は彼らに二物も三物も与えまくった。

「今日は僕と傑が担当だから、よろしく」

「えっ、五条さんと夏油さんが?」

カリスマ美容師を二人も独占してしまって良いのだろうか。

「気にしなくていい。どっちが担当するかで喧嘩になった挙げ句、決着がつかなかっただけだから」

大人げない奴らだ、と硝子ちゃんが呆れ顔で説明してくれる。

「だって、一ヶ月ぶりなのに傑なんかに渡せないよ」

「それは私の台詞だよ、悟」

「え、えーと、今日はよろしくお願いします?」

「任せて。とびっきり可愛くしてあげる」

「なまえはいつも可愛いけどね」

この二人がタッグを組むと最強だと言ったのは誰だったか。とにかく期待せずにはいられない。

まずは軽くカウンセリング。
夏油さんに手櫛で優しく髪を梳かされて髪の状態をチェックして貰い、五条さんからの質問に答えて最善の方法を導き出す。
その結果、頭皮のケアとトリートメントが必要だということで今日のメニューが決まった。

施術フロアに案内され、椅子に座ると、電動で高さを調節される。
鏡の中には少し緊張した面持ちの私が映っていた。

「緊張してるね。大丈夫だよ、リラックスして私に身を任せて」

その私の耳元に顔を寄せた夏油さんに、腰にクる甘い美声で囁かれる。
ここが美容室でなければ口説かれているのかと錯覚していたところだ。

「では、頭皮の汚れを浮かせていくよ」

小さいスプレー容器から、プシュッ、プシュッと冷たい液体が頭に吹き付けられ、汚れを浮かせるための頭皮マッサージが始まった。
わしわしわしと髪を掻き分けながら頭皮を揉み込んで液体を染み込ませ、残留シャンプー液や毛穴に詰まった汚れを浮かせていく。
ちょうど良い力加減で気持ちがいい。

「次はシャンプーで洗い流すからね」

椅子から降り、夏油さんにエスコートされてシャンプー用のブースへ移動する。
本当はシャンプーは灰原くんの仕事だということを、他のお客さんを担当している時の彼らを見て知った。
私の時は必ず夏油さんか五条さんがやってくれるのだが、どうやらそれは特別らしい。きっと私が硝子ちゃんの友達だからサービスでしてくれているのだろう。身内特典というものかもしれない。

リクライニングチェアに座ると、首にタオルを巻かれ、ゆっくりと後ろへ倒された。
夏油さんが首の下にホットタオルを入れてくれる。温かくて気持ちがいい。それだけでほっとした気持ちになった。
シャーッと音がして毛先のほうから徐々に上に向かってシャワーでお湯をかけられる。

「熱くないかい?」

「大丈夫です」

生え際は夏油さんの手でお湯を遮られながら、じわじわと濡らされていく。
後頭部は夏油さんの大きな手に溜めたお湯でたぷたぷとしっかり洗われる。
髪全体を丁寧に濡らされて、ここまでだけで既に洗い終わったような気がするほどだった。
しかし、ここからが本番だ。
よく泡立てたシャンプーを髪に塗りつけられ、時々指圧をまじえながら頭皮を隈無くシャカシャカと洗われるのだが、これが堪らなく心地よい。

「痒いところはないかな?」

「はい、大丈夫です」

夏油さんのシャンプーテクニックのお陰で、もう返事をするのも億劫なくらい身体全体が弛緩していた。まるでお風呂に入っているみたいだ。
泡と汚れを洗い流され、そっと引き抜かれたホットタオルで耳を拭われる。清潔なタオルでタオルドライされ終わった頃には足に力が入らなくてよたよたしてしまっていた。

「大丈夫かい?」

夏油さんに支えてもらって五条さんのところまで戻る。

「待ってたよ。さあ、座って」

首元に新しいタオルを巻かれ、ケープに腕を通して着させて貰い、五条さんがカットしやすいように椅子が高く上げられた。

「こうしてほしいとか何か希望はある?」

「いえ、お任せで」

「うん、任せて。僕が可愛くしてあげる」

夏油さんの時のように、またもや耳元でイイ声で甘く囁かれて背筋がゾクゾクした。
イケボはもはや凶器。

五条さんが私の髪を一束ずつ掬い取って、シャキシャキシャキと軽快にカットしていく。
鏡を通して見ても国宝級の美貌はそのままで、霞むどころかキラキラ輝いて見えるほどだ。

「傷んでた毛先は切ったから、後は少しすいてボリュームを減らそうか」

すき鋏に持ち替えた五条さんが言った。
髪を梳くようにして余分な髪を切り落としていく。
カットし終わった髪をわしゃわしゃと掻き混ぜられる。

「よし。じゃあ、シャンプーとトリートメントしよう」

ケープを脱がされ、五条さんと一緒に再びシャンプー用ブースへ。
五条さんにシャンプーされるのは久しぶりだ。夏油さんの繊細な手技と違い、豪快でありながらも細部まで考え抜かれた緻密さのあるシャンプーテクニックだった。

「傑より上手いでしょ」

ご機嫌な様子の五条さんにシャンプーをされた後は、トリートメントをつけられた。
洗面台に溜めたお湯を大きな手のひらでゆっくりと丁寧に髪にかけられ、トリートメントが溶けたお湯が髪全体に行き渡るようにしていく。
そうしている内に、ついうとうとしてしまった。

「はい、じゃあ、乾かすよー」

五条さんの声で我にかえる。いけない。眠ってた。
既にタオルドライは済んでいて、五条さんに手を引かれて元の椅子に戻る。

「熱かったら言ってね」

わしゃわしゃと子犬を撫でるような手つきでドライヤーで乾かされる。
そうしてあらかた乾いたところで、髪をセットしながら冷風で整えていく。

「はい、出来上がり」

楕円形の手鏡で後ろも確認して、改めて前を向くと、鏡の中には見違えるほど可愛くなった女の子が映っていた。
いつも思うけど、まるで魔法をかけられたみたいだ。

「どう?気に入った?」

「はい、ありがとうございます」

「なまえはいつでも可愛いよ」

夏油さんも五条さんも満足そうに笑っている。

「これ、僕のプライベートの番号。いつでも連絡して」

「抜け駆けは良くないな、悟。なまえ、これは私の番号。今度私とデートしよう」

「傑こそ、僕の目の前で口説くなよ」

二人が喧嘩を始めたので、そっと硝子ちゃんの所に行くと、硝子ちゃんは呆れ顔でため息をついた。

「硝子ちゃん、これどうしよう」

「捨てちゃいな」

「おい、コラ、硝子!」

五条さんが飛んで来て硝子ちゃんを睨んだが、硝子ちゃんは動じた様子もない。
夏油さんが私の預けていた上着を掛けてくれて、バッグを渡してくれた。
ありがとうございますとお礼を言うと、にっこり微笑んで、「私とのデートの約束、忘れないで」と耳打ちされる。ひえっ。

「あの、お会計をお願いします」

「ああ、いいよ。僕のポケットマネーから出しておくから」

「そんなわけにはいかないですよ」

「その代わり、僕とデートして。いつがいい?今度のお休みいつ?」

私の頬にちゅっとキスをした五条さんを夏油さんがバックヤードに無理矢理引きずって行った。
何か物凄く言い争っている声が聞こえてくるんだけど大丈夫かな。

硝子ちゃんにちゃんと代金を支払ってお店を出た私は、これが噂に聞く色恋営業か、勉強になったなあと思いながら家路についたのだった。




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