私のバイト先は大学の近くのスイーツ専門店なのだが、路地の奥まった場所にあるため、知る人ぞ知る隠れ家的な名店となっている。 今日店内にいるのも顔見知りの常連さんばかりだ。その中で一際異彩を放っているのが五条さんだった。 サングラスだけでは隠しきれていない国宝級の美貌に、芸能人かモデルかと思うような日本人離れしたスタイルの良さ。何より纏うオーラが違うというか、常人のそれではない。 そんな五条さんが、生クリームを鬼盛りしたパンケーキを幸せそうに食べている様子は既に見慣れた光景となりつつあった。 五条さんと目があったので、さっと歩み寄る。 「メロンソーダ追加でよろしく」 「メロンソーダですね。かしこまりました」 「なまえちゃん、僕のお願い聞いてくれる?」 「なんですか?」 「僕と結婚して」 五条さんはポケットから取り出した四角い箱の蓋をパカッと開けて、いかにも高級そうな夜空の色をしたクッションに鎮座ましましている指輪を私に見せながら言った。 なんと、ハリー・ウィンストンだ。ひえぇっ。 「新居はやっぱり庭付き一戸建てがいいかな。出来ればプールもあるといいよね」 「ただいまメロンソーダをお持ちしますねっ!」 結婚式を飛び越えて既に新婚生活に思いを馳せている五条さんから逃げ出してカウンターの中に入ると、苦笑しながら店長が手早くメロンソーダを作ってくれていた。 五条さんとは、そもそも出逢いからして強烈だった。 その日初めて店に入って来た五条さんは私の顔を見るなり 「前に逢ったことある?」 と宣ったのだ。 ナンパの常套句だが、不思議と嫌な感じはしなかった。 「いえ、初対面です」 「だよね。変なこと言ってごめん」 それで終わったとばかり思っていたら、その日から五条さんによる猛アタックが始まったのだった。 思わず遠い目になるが、いまは仕事中。 例え相手が超絶マイペースな男前だったとしても、お客様であることに変わりはないのだ。悲しいことに。 「メロンソーダお待たせしました」 「ありがとう。指輪、気に入らなかった?それなら今度一緒に選びに行こうか」 「そ、そうじゃなくて」 「あ、もしかしてデザインから拘りたいタイプ?いいよ、オーダーメイドの指輪を作ろう。いい職人を探しておくね」 ダメだ。会話が成り立たない。 しかし、何とか誤魔化してこの日は円満にお帰り頂けた。一安心である。 それから二週間後。 「なまえちゃん、最近肩こり酷いでしょ」 いつもの席に案内しようとした私の肩の辺りを見ながら五条さんが言った。 確かにその通りだったので驚いていると、五条さんは私の肩の上のゴミでも払うようにサッと肩を撫でた。 「えっ、軽くなった!?」 あれだけずっしりと重かった肩が物凄く軽くなっていた。 「良かったね。でも、気をつけて。あまり変な場所には近付かないこと。いいね?」 「は、はい」 それだけで何となく察してしまった。 五条さんには私には見えないものが見えているのだと。 昔からいわゆる心霊的なものは苦手なので内心ビビりまくっていた。 「心配だなあ。やっぱり一緒に暮らそ?」 「いえ、それはちょっと」 「まあまあ、とりあえず、御守り代わりにこれを身に付けておいてよ」 「て、この指輪、ハリー・ウィンストンのじゃないですか!」 なんていう会話をした一ヶ月後。 私は落ち込んでいた。 何故だかわからないけど、ここ最近よくないことばかりが続いていて、今日もバイト中にこれまでにしたことのないミスをしてしまったせいで、どん底まで落ち込んでいた。 それがいけなかったのかもしれない。 負の感情が呼び寄せたのだろうか。 はたまた、ソレが憑いていたからよくないことばかりが続いていたのか。 バイトを終えて裏口から外に出た私は、初めて見る「化け物」を目にして悲鳴をあげようとした。 が、声が出ない。 そうするうちにもソレは私に迫ってくる。 と、不意に指輪が温かくなったかと思うと、上から誰かが降りて来た。 「やっぱり見えるようになっちゃったか」 「ご、五条さん……?」 「はいはーい、なまえちゃんの未来の夫の五条さんですよー」 言葉は軽かったが、頼もしさにどっと安堵の念が押し寄せてきて涙ぐむ。 五条さんは瞬く間にその化け物を消し去ってしまった。 「怪我はない?」 「はい、大丈夫です。ありがとうございました」 「どういたしまして。未来の奥さんを守るのは夫として当然のことだからね」 いつもの軽口がいまは例えようもなく有り難く感じられる。 五条さんは私の涙を優しく拭うと、説明してくれた。 先ほどの化け物は呪霊というもので、五条さんはそれを祓うことが出来る呪術師というお仕事をしているのだそうだ。 前に高専で教師をしていると言っていたのは、その呪術師を育成する学校の先生なのだということだった。 「なまえちゃんのことは僕が守ってあげる。だから僕と結婚して」 「こ、恋人からお願いします」 「本当?ありがとう!嬉しいよ」 ぱっと顔を輝かせた五条さんにぎゅうぎゅうと抱き締められる。 色々と早まった気がしないでもないけど、五条さんみたいな頼りになるイケメンとお付き合い出来るのだから、私は幸せ者なのかもしれない。 「キスしたい。してもいい?」 「だ、だめ!」 ダメだと言ったのに、五条さんはそのまま私を半ば抱き上げるようにして唇を奪ってしまった。 「君、一人?一緒にカラオケ行かない?」 あちゃーという気分になる。 いつもは迎えに来て貰っていたけど、たまには外で待ち合わせをしようと言い出したのは私だったからだ。 まさか、私のほうがナンパされるなんて。 でも、救世主はすぐに現れた。 「遅れてごめん。待った?」 ナンパ男がぽかんと口を開ける。 それはそうだろう。まるで雑誌から抜け出してきたかのような190cmを越える長身のイケメンがいきなり現れたのだから。 「この子は今から僕とディナー食べて、ホテルのスイートルームでセックスして熱い一夜を過ごすんだけど、何か用?」 あまりにもストレートな言葉にひえっとなったが、それはナンパ男も同じだったらしく、顔を青くしたり赤くしたりしている。 と思ったら、慌てた様子でその場から一目散に逃げ出してしまった。 「なにあれ。ウケる」 ケラケラ笑ってますけど、あなたのせいですからね五条さん。 「じゃあ、行こうか。お姫さま」 五条さんが差し出した腕に抱きつくように腕を絡ませる。 そうしてもびくともしない五条さんは物凄く鍛え抜かれた逞しい身体をしていることを私はもう知っていた。 私がこの人にどれほど愛されているのかも。 私達は千年に一度の恋をしている真っ最中だった。 |