最近、恵くんからのスキンシップが激しくなった気がする。
幼馴染みで呪霊が見える者同士ということもあり、元からかなりお互いに距離が近い関係ではあったのだけど、近頃はそれだけとは言えない触れ合いが増えてきたように思うのだ。

例えば、道を歩いている時。
小さい頃から恵くんはさりげなく車道側を歩いてくれていたのだが、私がうっかり車道側を歩こうものなら、肩を抱かれるか腰に腕を回されるかしてすぐに恵くんと位置を入れ替えられてしまう。
これはまあ優しい恵くんのことだから、本人としては当たり前の配慮なのかもしれない。
でも、危なっかしいからといって、この歳になってまで手を繋いで歩くのはさすがにちょっと恥ずかしい。

例えば、体術の訓練の時。
五条先生に稽古をつけてもらっていたのだが、まるで歯が立たず、五条先生に私の攻撃をかわされた拍子に勢い余って顔面から床にダイブしそうになったところを、五条先生が咄嗟にお腹に腕を回して支えてくれたことがあった。
その時、私と入れ替わりで休憩していたはずの恵くんが血相を変えて飛んできて、ベリッと音がしそうな勢いで五条先生から引き剥がされたのである。
そうして、私の身体のあちこちを触って無事なのを確かめた後、はぁと安堵のため息をついた恵くんは五条先生を睨み付けたのだった。

「気をつけて下さい。頑丈なアンタや虎杖とは違うんですから」

「とか言って、どさくさに紛れてなまえに触りまくっちゃってー。恵はほんとムッツリだねえ」

「は?いま何て言った?」

「いやあ、意外にもちゃんと青春してるなと思ってさ」

「一発ぶん殴らせて下さい」

「やってみなよ。出来るものならね」

恵くんは頑張った。でも、無下限無しでも五条先生に一撃も入れることが出来なくてめちゃくちゃ悔しそうだった。
気持ちはわかる。五条先生、めっちゃ煽ってたし。

「ま、根性だけは認めてあげるよ」

結局、汗だくで荒い息をついている恵くんに対して、汗一つ浮かべないまま涼しい顔でひらひらと手を振って五条先生は道場を出て行ってしまった。

「………………クソッ!」

五条先生が出て行った後、恵くんはその場に大の字に寝転がって暫く動かずに息を整えていた。
その間、私は恵くんにスポーツドリンクを渡したりタオルで顔の汗を拭いてあげたりしたのだけど、あまり力になれなくて申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「それ、同意だわ」

「えっ、どれ?」

「伏黒がムッツリってとこ」

私の話を一通り聞き終えた野薔薇ちゃんは、タピオカミルクティーを飲みながらそう言った。

「えっ、そこ?」

「そこ以外に何があるのよ」

金曜日の原宿は、土日に比べるとそんなに混雑はしていなかったけど、私から見ると充分都会だなと感じるほどには人がいた。

昨日の夜から一年生四人で任務に出ていて今朝終わったところだったのだが、野薔薇ちゃんがどうしても原宿に寄りたいというので皆で寄り道をしているのだった。
恵くんは本屋さんに、悠仁くんはパの付くお店に行っていて、後で合流することになっている。

「なまえはもっと危機感を持ちなさい」

野薔薇ちゃんにビシッと指を突き付けられる。

「あいつ、アンタが思ってる以上にヤバいわよ」

「恵くんは優しいよ?」

「そうだけどそうじゃないのよ」

恵くんが優しい人だというのは野薔薇ちゃんも認めてくれているみたいだ。
そういう野薔薇ちゃんも優しい子だし、悠仁くんも優しい。
五条先生も軽薄そうに振る舞ってはいるけど、生徒のことをちゃんと見ていてくれる良い先生だ。
私は対人関係に恵まれてるんだなとつくづく思う。
ここに津美紀ちゃんがいないことが余計に寂しく感じられた。

「とにかく、伏黒には気をつけなさい」

「伏黒がどうかした?」

悠仁くんがいつの間にかテーブルの横に立っていた。腕にパの付くお店の景品らしき物がつまった紙袋を二つも抱えている。

「悠仁くん、何か飲む?」

「いや、いいよ。伏黒もすぐ来るだろうし」

「じゃあ、これ飲んでいいよ」

「えっ、マジ?じゃあ少し飲ませて」

私がタピオカミルクティーを渡すと、悠仁くんは少し飲んでからまた私に返してくれた。

「ありがとな。あ、良かったら、これ持ってって」

「ぬいぐるみ?いいの?」

「うん、苗字に貰ってもらえると嬉しい」

「ありがとう。大事にするね」

ふと、野薔薇ちゃんが物凄い顔で私達のやり取りを見ていたことに気がついた。

「野薔薇ちゃん?」

「釘崎、どうした?」

「いや、そうよね、アンタ達はナチュラルにそういうことしちゃうやつらよね」

はああ、と深くため息をつく野薔薇ちゃんの前で、悠仁くんと顔を見合わせる。
どうやらわけがわからないのは悠仁くんも同じらしい。

「いまの、伏黒に見られてたら……」

「俺が何だって?」

恵くんだった。

「おかえり、恵くん。欲しかった本買えた?」

「ただいま。ああ、買ってきた」

恵くんが本屋さんのカバーが掛かった本を持ち上げて見せてくれる。

「もう飲み終わったなら行こうぜ。補助監督さんが待ってる」




補助監督さんの車で高専まで戻って来た私達は、それぞれの部屋へ向かった。
自分の部屋に入るとやっぱり落ち着く。
制服を脱いだ私は浴室に入った。
とりあえず、シャワーを浴びよう。

「あれ?恵くん?」

シャワーを浴びて出て来ると、恵くんがテーブルの前に座っていた。手には悠仁くんに貰ったぬいぐるみを持っている。

「悪い。ノックしたけど声がしなかったから勝手に入った」

「うん、いいよ。どうしたの?」

「これ」

恵くんがぬいぐるみを差し出す。

「虎杖に貰ったやつだろ」

「あ、うん」

「欲しかったなら俺が買ってやったのに」

「えっ、あ、違うの。それはタピオカミルクティーを飲ませてあげたお礼って言うか」

「知ってる」

恵くんが静かに立ち上がる。
思ったよりも目線が高い位置にあって、ああ、身長伸びてたんだなと思ったけど、それよりも、恵くんの様子がおかしいことが気にかかった。

「なんでよりによって虎杖なんだよ」

「えっ」

「運命だと思ってたのは俺だけだったのか?」

「め……恵くん?」

「俺には、ずっとお前だけだったのに」

そうだ、野薔薇ちゃんの言った通りだ。
私は何もわかっていなかった。
切ないような苦しいような顔で訴えてくる恵くんを見るまで、彼の気持ちをわかろうともしなかった。

「なまえ」

恵くんの手からぬいぐるみが落ちる。
その手が私に向かって伸ばされるのを見ても、私はまるで足に根が生えたようにその場から動けずにいた。


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