「つがいになりたい」 熱っぽい声音で呟かれた言葉に、一瞬思考が停止する。 それからやっとまともに動き出した脳みそが、それが五条さんの口から発せられたものだということを理解した。 そうか、あの五条さんにもようやくそう思える人が現れたんだなと思うと、何だか感慨深いものがある。 夏油さんがいなくなった後、五条さんは変わった。 以前より柔らかくなった口調に、「僕」に変わった一人称。 高専を卒業して正式に五条家の当主になったことも関係しているかもしれないが、やはり夏油さんの影響が大きいだろう。 それにしても、つがいだなんて突然すぎる。 私は辺りを見回した。 ここは街中にあるオープンカフェテラスで、五条さんはホットチョコレートを、私はミルクティーを飲んでいるところだった。 どのテーブルにも女性客がいて、どの人が五条さんのお気に召した女性なのかわからない。 「ねえ、聞いてる?」 五条さんは何故か不満そうに私を見ていた。色々なものが見え過ぎるからと掛けているサングラス越しに、青空の色をした双眸が私をひたと見据えている。 「お前とつがいになりたいって言ってるんだけど」 「えっ、いや、無理無理ムリです!」 私はすかさずぶんぶんと首を横に振って拒否した。 「なんで?意地悪ばっかしてたから?お前のこと好き過ぎてどうしたらいいかわかんなかったんだよ。ごめん、悪かった」 まさか、五条さんに謝られる日が来るなんて。こんなに素直に謝られてしまうと、私も許さないわけにはいかない。 しかし、それとつがいになるならないの件は別だ。 「だから、うなじ噛ませて。噛みたい」 「な、なに、を」 「お前、ヒート中だろ?甘い匂いがしてるからすぐにわかったよ」 そんな馬鹿な、と思った。確かにヒートがきていたが、抑制剤を飲んでいるから周りの人間には──特にαにはわからないはずなのに。 「乱暴はしたくない。大人しく僕のつがいになって」 五条さんが一歩踏み出す。私はほとんど反射的に後退った。それでも五条さんの足は止まらない。 「や……やだやだ!助けて夏油さん!」 「傑のことが好きだったんだよな。知ってる。でも残念、もうあいつには二度と逢えないよ」 そう言った次の瞬間、五条さんが突然飛び退いた。 先ほどまで五条さんがいた場所の地面から巨大なミミズに似た呪霊がグワッと出現したかと思うと、再び勢いよく地面に潜ってしまった。 この呪霊を私はよく知っている。これは 「夏油さん!」 「遅くなってごめん。迎えに来たよ」 私の背後に立っていた夏油さんが私の手を取って私を引き寄せる。 堪らず夏油さんに抱きつくと、白檀の上品な香りがした。 あの頃とは違う匂い。だけど、間違いなく夏油さんだ。 「傑、お前」 「悪いね、悟。彼女だけは譲れない」 あちこちから悲鳴が上がった。 見ると、夏油さんが使役する呪霊が何体も現れていて、辺り一面が阿鼻叫喚の地獄と化していた。 「おいで」 夏油さんが私の手を引いて人混みの中に紛れ込むようにして歩きだした。 「大丈夫、悟はこの状況を捨ておけないはずだ。その間にここから離れよう」 「は、はい」 夏油さんの言った通り、五条さんは非術師である一般市民の救助にかかりきりのようで追って来る様子はない。 人混みの向こうにちらりと白い髪が見えた気がしたが、すぐに見えなくなってしまった。 少し歩くと黒い高級車が停まっていて、夏油さんは私を後部座席に座らせ、自分も隣に腰を降ろした。 私達が乗り込むと車はすぐに動き出した。 みるみるうちに騒ぎが遠ざかっていく。 「いい匂いだね」 夏油さんが甘い声音で言った。悟の気持ちもわかるよ、と。 「私だけのものにしてしまいたくなる」 夏油さんの手が頬を包み込む。 近付いてくる端正な顔立ちを目にした私は、逆らわずに目を閉じて口付けを受け入れた。 事態の収拾を終えた五条さんが、「傑に渡してなんかやるものか。必ず取り戻してみせる」と、凄まじい執着心を滾らせながら私を探しているとも知らずに。 |