その路地裏に入った途端、空気が変わったのを七海は肌で感じていた。
恐らく、自分の半歩後ろにいるなまえも同じだろう。
準一級になったばかりとは言え、彼女は一級に相当する実力の持ち主であり、勘も鋭い。
彼女もまた、路地裏の奥にこごった闇を見据えていた。

「カボチャのお化け?ああ、ハロウィンだからか」

暗がりの中から現れた呪霊を見たなまえが言った。彼女の言う通り、それはカボチャ頭に黒いマントを着た小さな子供のような姿をしていた。

「Trick or Treat」

子供の声を真似た人ならざるものの声が辺りに木霊する。

「仮想怨霊……特定の条件を満たすまで不可侵を強制する簡易領域か」

「七海さん、私、飴を持っています」

なまえがポケットから取り出した飴を呪霊に向かって差し出す。
呪霊が飴を受け取ったのを確認してから、七海は手にした鉈で呪霊に斬りつけた。
予想通り手応えがある。なまえが「お菓子」を渡したことで簡易領域の効果は消え失せていたのだ。
甲高い悲鳴とともにカボチャ頭が砕け散ったかと思うと、そこからドロドロとしたタールのようなものが溢れ出てきて、あっという間に路地裏を埋め尽くすほどの巨大な呪霊へと姿を変えていった。

「これが本体……!」

「さあ、さっさと時間内に終わらせてしまいましょう」

「はい!」


無事に呪霊を祓い終えた二人は、補助監督の運転する車の中で報告書を書いて、それを補助監督に託し、高専ではなく七海の自宅まで送ってもらった。
車を見送るなまえの前で玄関の鍵を開けてドアを開く。

「どうぞ」

「お邪魔します」

まだ硬いな、と内心微笑ましく思いつつ洗面所へ向かい、丁寧に手を洗う。
長い間両片想いだった二人は、つい先日結ばれたばかりだった。

「お茶を淹れますから、座って待っていて下さい」

「はい、ありがとうございます」

なまえが手を洗っている間に、紅茶を淹れるためにキッチンに行き、電気ケトルで湯を沸かしておく。
戸棚から紅茶の缶を取り出し、ティーポットとカップを用意すると、適温になったケトルの湯で紅茶を淹れた。
それらをトレイに乗せて持って行くと、なまえはリビングのソファにちょこんと座って待っていた。その様子に思わず頬が緩みそうになる。
恋人になったばかりの彼女を溺愛しているのかと問われれば、「その通りですが、何か?」と答えるだろう。
七海はこの年下の恋人を全身全霊でもって愛していた。

「お待たせしました」

「ありがとうございます、け、建人さん」

「ダメですね、ぎこちない。もう一度」

「……建人さんは意地悪です」

「あなたに対しては激甘で見ていられないと五条さんにからかわれたばかりですが」

「それは、確かに、優しいですけど……」

「先にシャワーを浴びますか?それとも、一緒に?」

「建人さんはやっぱり意地悪です……!」

こんなに可愛らしい姿が見られるのならそれで構わないと思いながら、七海は彼女に口付けた。

結局シャワーは別々に浴びたが、その後ベッドの中で二人はひとつになった。



「一ヶ月くらいまとめてお休みを貰ってマレーシア辺りに行ってみたいですね」

七海の腕枕に甘えながらなまえが夢見るような口調で言った。

「クアンタンですか」

「そうそう、そこ。チェンバタビーチというところがとても綺麗らしいですよ」

七海さん、と彼を呼ぶ優しい声がまだ耳に残っている。
幸せそうに微笑む愛らしい顔がまだ瞳に焼きついている。

全ては一瞬の出来事だった。
瞬く間に頭に浮かんでは消えて行った、幸せだった時間の記憶。ほんの数時間前の出来事。
いまのを走馬灯と呼ぶのだろう。

幻影だか亡霊なのかはわからないが、灰原の姿をしたものはまだ虎杖悠仁を指差している。
虎杖君、と静かに呼びかける。
これが彼にとって“呪い”となってしまうことがわかっていながらも止められなかった。


「後は頼みます。なまえさんに愛していると伝えて下さい 」


──波の音が聞こえる。


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