※「極夜と白夜の狭間で」のアナザーエンド ※盛大なネタバレが含まれます ※もし夢主が既に子供を産んでいたら 間に合わなかった。 あと少し、あの部屋から出るのが早かったら──いや、それでもきっと結果は変わらなかっただろう。 悟くんと傑くんの間で完結してしまっていたやり取りに私が介入出来たはずがない。 「パパ、パパ」と、もう動くことはない傑くんに向かって小さな手を伸ばす息子がただかわいそうでならなかった。 悟くんも同じ気持ちだったに違いない。 青い瞳の中に明らかな哀れみの感情を浮かべて息子のことを見下ろしている。 「ごめん。僕はこの子から父親を奪ってしまった」 「謝らないで。傑くんが納得して受け入れたことだから」 私が傑くんの傍らにしゃがみ込むと、息子は嬉しそうにぺたぺたと傑くんの頬に手を触れていた。いつものようにその手を大きな手で握り返してくれると信じて。 涙が出そうになるのを必死に堪える。 私はお母さんなんだからしっかりしなければ。これからは傑くんの分も私がこの子を守っていかなければならないのだから。 「パパ?」 それは突然のことだった。 傑くんの影からずるりと立ち上がったもの。それは傑くんそっくりな姿形をしていた。 何も知らなければ傑くんが生き返ったのかと思ったかもしれない。でも、違う。これは 「特級過呪怨霊……」 悟くんが警戒を滲ませた声音で呟く。 まさか、怨霊になってまでまだ戦おうというのか、と悟くんが危惧しているのがわかる。 「パパ!」 息子が手を伸ばす。 すると、傑くんの姿をしたものは黒い霧状になり、するすると息子の小さな手の平の上で黒い球体に形を変えた。 そして、私と悟くんが何かをする前に、息子はぱくんとそれを口に入れてしまった。 「だ、だめ!ペッしなさい、ペッ!」 ごっくん。飲み込んだ音がやけに大きく響く。 嘘でしょ……ちょっと。 「あーあ、やっちゃったねえ。さすが、傑の息子」 呆然とする私の肩を叩き、悟くんは信じられないことに楽しそうに笑っていた。 「傑と同じ呪霊操術使いだし、傑のこと飲みこんじゃったし、さすがに上の連中が黙ってないだろうね」 「ど、どうしよう……!」 「だからさ、僕と結婚しよう」 「えっ」 悟くんが腕に抱いた息子ごと私を抱き締める。その瞳には長年に渡ってずっと抱き続けてきた深い愛情が宿っていた。 「愛してる」 甘く優しい声が耳に吹き込まれる。 「これからは僕が傑の分も守ってあげる。だから、結婚しよう」 「悟くん……」 「というか、うるさい連中をまとめて黙らせるにはこれしかないよ」 確かに、五条悟の妻子となれば、上層部もそう簡単には手出し出来ないだろう。 でも、本当にそんなことが許されるのだろうか。 「お願いだから、頷いて。ずっとお前のことだけ想ってきたんだ。振られたら僕も特級過呪怨霊になるかもよ?」 「悟くんってば」 息子のふくふくとした小さな手を握って慈しむような眼差しを注いでいる悟くん。 私はその手にそっと自分の手を重ねた。 「本当に私でいいの?」 「なまえ以外いらない。なまえじゃなきゃダメなんだ」 「ありがとう……よろしくお願いします」 「うん任せて。僕のほうこそありがとう。必ず幸せにするからね」 その時だった。突然現れた黒い影が私と悟くんをぐいと引き離したのは。 それは傑くんの特級過呪怨霊だった。 「私の妻子に気安く触らないでくれないか」 「悪いけど、たった今から僕の妻子だよ」 悟くんが自慢げに言うと、傑くんはふっと余裕たっぷりに笑ってみせた。 そして、いつもそうしてくれていたように私の頬を優しく撫でる。 「大丈夫。何も心配いらないよ」 生前の彼と全く変わらないその様子に戸惑いを隠せない。怨霊のはずなのに乙骨くんの里香ちゃんと随分違うんだけど。 「これからなまえには僕の子を生んで貰うんだから、邪魔するなよ傑」 「なまえの処女を奪ったのも、この子宮に最初に射精したのも私だ。残念だったね、悟」 「クソッ!自慢かよ、傑!」 今すぐ祓ってやる!と指で印を組む悟くんと、怨霊なのに特級呪術師とやる気満々の傑くんに挟まれて、ただひとり、私の息子だけがキャッキャッと嬉しそうにはしゃいでいた。 |