有り余るほどの呪力を持って生まれてきたのは良いものの、反転術式が使えるとは言え本来の術式のほうが残念な有り様だった私に、両親ははやばやと結婚相手を探し始めた。
有能な術式を持つ相手との子供に期待をかけることにしたのだ。
ダメ元で御三家に良いお相手はいないかと申し入れをしたところ、驚いたことに一件だけ色好い返事がかえってきた。
それがいまの私の婚約者である五条悟先生だった。
担任の先生が婚約者ってどうなのだろうと思うのだけど、五条先生は全く気にする様子がない。

「なまえはさ、常に呪力が溢れ出てる状態なんだよね。だだ漏れってやつ」

五条先生のわかりやすい説明に、なるほどと思う。自分では意識したことがなかったけど、そうなのか。六眼の持ち主である五条先生には呪力の流れが丸見えなのだそうだ。

「でも、それじゃいざという時に困る。だからまずは体内を巡る呪力を一定に保つ訓練をしよう」

「はい、よろしくお願いします」

「いい子だ。じゃあ始めようか」

そう言って渡されたのはクマのぬいぐるみだった。

「もしかして、呪骸ですか?」

「ご名答。よくわかったね」

「学長の部屋で見ました」

「それなら話が早い。この呪骸がなまえの訓練相手だよ」

五条先生の説明によると、この呪骸は一定の量の呪力を流し込んでいると眠ったままでいるけど、呪力が途切れたり、逆にいきなり膨大な量を流し込むと暴れ始めるようになっているらしい。
それを、この地下室に設置されたテレビで様々なジャンルの映画を観ながら行うということだった。

「何から観る?これなんかお勧めだよ。最後、主人公姉弟の弟が父親に襲われて感染するんだけど、それを隠してヘリで脱出しちゃって、その結果避難した国にまで感染が広がっちゃうの」

「思いっきりネタバレ!」

五条先生はDVDをセットすると、私と並んでソファに座った。
テレビ画面だけが光る薄暗い地下室で、ぬいぐるみを抱えた私と目隠しで目元を隠した黒尽くめの大男が肩を並べてソファに座っているという、かなりシュールな光景である。

映画がホラーなので呪骸が暴れ出さないかとハラハラしていたが、コツを掴んでしまえば難しいことではなかった。
途中、何度かあるドッキリシーンでびくっとなった時だけ少し呪力が揺らいで腕に抱いていた呪骸がちょっともぞもぞしたくらいだった。
そうしてエンドロールが流れ始める頃には私は完璧に呪力の流れをコントロール出来るようになっていた。

「いいね。次の段階に行こうか」

満足そうに笑った五条先生が別のDVDをセットしてからソファに戻って来る。
次の映画は恋愛ものらしかった。どうやらフランスの映画のようだ。やたらとキスシーンが多い。

画面を眺めていると、ふと隣の先生が動いた。
私のほうにその長身を屈めた先生の顔が近付いてきて、唇が私の唇に重ねられた。

「!?」

動揺したせいか、さっきまで大人しく眠っていた呪骸が暴れ出す。

「な、な、」

「可愛いね。もしかして初めてだった?」

ちゅ、ちゅ、と繰り返し私の鼻先や頬にキスを落としながら五条先生が言った。声に笑いが滲んでいる。

「ほら、ちゃんとコントロールして」

そう告げた唇に柔く下唇を食まれる。
ちゅうっと唇を吸われて、膝の上の呪骸が跳ね上がった。

「何があっても呪力は一定」

「うう……」

これは果たして本当に訓練なのだろうか。
疑い始めたのがわかったように、五条先生が目隠しを引き下ろした。
びっくりするような綺麗な顔立ちがあらわになり、またしても呪骸が暴れ出す。

「僕の顔、好き?」

問われて、素直に頷く。もはや呪力をコントロールしなければということも忘れていた。それほど衝撃的な美だった。特に、眼が。この世にこんなにも美しいものがあるのかというほどの美しさにただ打ちのめされる。

「僕も素直ないい子は好きだよ」

まるで蜂蜜のような、とろりと蕩けてしまいそうな甘い声だった。
先生がずいと身を乗り出して来たので、それから逃れようとしたせいで自然とソファの上に寝そべるような格好になる。
その上から先生が覆い被さって来た。

「ああ、これはもういいよ」

合格、と笑った五条先生の手によって呪骸が取り上げられ、ぽいと投げ捨てられる。
思わず、ええーっと声が出そうになった。
先生がキスをしながら大きな手でぷちぷちと器用に私の服のボタンを外していく。
抵抗しようにも、至近距離に迫った美貌に圧倒されて身動きすらままならない。

「今度はこっちのレッスン。婚約者である僕が、手取り足取り、たっぷり教えてあげる」



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