上層部が政財界と繋がりがあるのも、高専が警察に顔が利くのも知っていたけど、五条さんが芸能界に太いパイプを持っているのは知らなかった。

「ほら、見ての通り僕ってグッドルッキングガイだからさ、ちょっと街を歩くだけでスカウトとかされて鬱陶しいんだよね。だから、芸能界のお偉いさんにちょっとお願いしてそういうの控えて貰ってるわけ」

五条家の権力怖い。いや、この場合は五条さんのか。五条家当主の五条悟怖い。

「まーたそんな顔して。僕のどこが怖いの」

どこもかしこもです、というわけにもいかず、私は俯いた。出来れば早くこの場から逃げ出したい。何だか良くない予感がするのだ。こういう時の勘は大抵当たる。

「今日は逃がさないよ」

私の心を読んだように五条さんが言った。
いや、いつも逃げ回っている私が悪いのだけども。

「まあそんなわけで、今回その知り合いに頼まれてホワイトデーのPVを撮ることになったんだよね」

「えっ、五条さんテレビに出るんですか?」

「いや、メインは動画再生サイトで流れる広告。だから、かなり短いPVだよ」

「それでも凄いです。頑張って下さいね」

「なに他人事みたいに言ってんの。お前も出るんだよ」

「エッ」

「僕の相手役としてね。それが今回わざわざ僕が顔出しして出演する絶対条件」

「ちなみに私に拒否権は」

「あると思う?」

ですよね!知ってた。
こうして五条さんの相手役を務めることになった私は、五条さんとともに撮影所にやって来ていた。
自分専用の控え室なんて当然初めての経験なので、ビビりまくりながらメイクをして貰い、スタイリストさんが用意してくれていた衣装に着替えた。出来れば今すぐ逃げ出したい。でも出来ない。つらい。
ぐずぐずしている私を女性スタッフさんがセットまで連行して行った。
先に支度を終えていた五条さんが振り返る。そして、私を見て笑った。

「良く似合ってるよ。可愛い」

ホワイトデーをイメージしたオフホワイトのVネックシャツに白いジャケット、ベージュのコットンパンツ姿の五条さんはイケメン度がカンストしていた。
イケメンゲージが振り切れていて、もはや計測不能状態だ。

五条さんの美貌にあてられてくらくらしながらスタンバイする。

PVの内容はこうだ。
バレンタインの時にチョコをくれた彼女にお返しをするために待ち合わせ場所へと走る彼氏。
彼氏の足音に気が付いて振り返る彼女。
彼女を抱き締める彼氏。
ちょっと照れくさそうに顔を見合せながら彼女にお返しのチョコを渡す彼氏。

こうして箇条書きにすると陳腐な内容にも思えるが、あの五条さんが彼氏役をやるのだ。完成したPVに女性達の目は釘付けになることだろう。間違いない。

「3、2、1」

いよいよ撮影が始まった。
と言っても、私はただ立って五条さんを待つだけなので楽なものだ。
走る五条さんの足元から舐めるようにカメラが上がり、五条さんの横顔が映し出される。この時点で早くも女性スタッフさんの目がハートになっていた。

五条さんが定位置まで来たところで台本にあった通りに振り返る。
大きく広げられた腕が見えたと思ったら、もう次の瞬間には五条さんの腕の中にいた。五条さんの鼓動さえもが伝わってくる密着感に、うわあと恥ずかしくなったが頑張って耐えた。リテイクなんて耐えられそうになかったからだ。何とか一発撮りで終えたい。

五条さんの腕の力が緩み、身体が少し離れる。ここで見つめ合うんだっけと顔を上げようとしたら、五条さんの大きな手が頬に触れて顔を上げさせられた。

五条さんの顔が近い。近すぎる。
というか、キスされてるんですけど!

五条さんの手によって隠されてはいるけど、がっつり唇が合わさっている。カメラからはギリ見えない絶妙な角度で。
至近距離にある蒼い瞳にどきりとした。
軽く伏せられたそれが切なげに見えたからだ。
ちゅぱ、と音を立てて唇が離れる。

「これ、バレンタインのお返し」

キスで濡れて艶やかさを増した唇で五条さんが言った。
カメラに商品名が映るようにチョコレートの箱を手にして。

「ありがとう……大好き」

「僕もだよ。愛してる」

私のは台本通りの台詞だが、五条さんのは台本に無い完全なアドリブだ。
ここで終わるはずなのに、五条さんは堪らないといった感じで私の身体をかき抱いた。

「本当にわかってる?この僕がお前に夢中なんだけど。もう逃がさないからな」

そんなことを言われても私は今すぐ逃げたいです、と言いかけたところで、ようやく「カット!」の声がかかった。

「いやあ、良かったよ!最高!迫真の演技だったねえ。君、本格的に俳優やってみない?」

「はは、遠慮しておきます」

五条さんがいつもの軽薄な口調で言って私の肩を抱いた。これは僕の、とでも言うように。

「彼女以外、共演NGなので」

残念そうな監督さんを置いて五条さんと私は控え室へと引き上げた。
私が着ていた衣装は、五条さんが選んだものなのだとスタイリストさんが教えてくれた。買い取りだから、そのまま着て帰って構わないと。

そして、何故か、私は五条さんが選んだ服を着たまま彼とカフェでお茶をしている。

「どうだった?」

マシュマロが四個も入ったココアを片手に五条さんがいつもの軽いノリで言った。
四葉のクローバーに見たてているらしい。
五条さんに店員さんが説明していた。

「どうもこうも、酷いですよ五条さん。私あれがファーストキスだったんですけど」

「マジで?もっと時間をかけて味わっておけば良かった」

「そういう問題じゃないです」

「じゃあ、どういう問題?」

五条さんが可愛らしく首を傾げてみせる。

「どうにかなりそうなくらいお前のことが好きなのに、お前ときたら僕の気も知らないで、怖い怖いって逃げ回ってばかりいるし、こうなったら撮影にかこつけて告白してやろうと思ったら、ついノリノリでキスまでしちゃったこと?」

「え、あ、う、」

「お前はもう僕のだよね」

そう尋ねてくる五条さんの目つきがちょっと、いや、かなり怖い。

「僕と結婚してくれるでしょ?」

マシュマロが入ったココアよりも甘い声で五条さんが問いかけてくる。
あ、だめだこれ。絶対逃げられないやつだ。


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