これの続き


「人喰いメリーさん?」

補助監督さんが運転する車の後部座席に傑と並んで座りながら、私はたったいま聞いた単語を復唱した。傑は隣で腕を組み、私達の会話に静かに耳を傾けている。

「と言うと、あの都市伝説の?」

「そうです。これから向かう女子校で『本物』が出たそうです」

補助監督さんの話はこうだった。

放課後、教室に残っていたある生徒の携帯電話に見知らぬ番号から電話がかかってきた。
好奇心からその電話に出てみたら、相手はメリーさんを名乗り、「いま校門の前にいるの」と言って電話が切れた。
それで終わりではなく、都市伝説と同じように電話がかかって来るたびメリーさんは近付いてくる。
そして、最後には

「一緒にいた友人によると、背後から現れた何かが一瞬の内にその子を頭から丸かじりしてしまったそうです」

「かわいそうに」

被害者の子はもちろんだが、目撃してしまった子も相当なショックを受けたことだろう。

「その友人の子の携帯電話がこれです。メリーさんから次はあなたの番だと予告を受けたので我々が預かりました」

補助監督さんから携帯電話を受け取る。

「高専に居てはかかって来ない可能性があるので、最初に被害に遭った生徒と同じ状況を作るべきではと判断し、彼女が通っていた学校に向かっています。生徒と職員は既に避難させてありますのでご安心下さい」

さすが仕事が早い。私は携帯電話を片手に持ったまま、もう片方の手をベルトのホルダーに滑らせた。そこには私の「武器」が収められている。
一見すると柄と鍔の部分だけしかないそれは、使い手がこめた呪力を刃として具現化して呪霊を斬るための呪具だった。
わかりやすく言えばライトセーバーの呪術師版である。
一風変わったこの呪具と、同じく呪力を弾丸にこめて撃つタイプの拳銃を私は愛用していた。
この二つがあれば、遠距離から近距離まで大体カバー出来る。

「到着しました。今から帳を下ろします」

車から降りると、補助監督さんはすぐに帳を下ろしてくれた。これで周りに被害が及ぶ心配はなくなったわけだ。しかし、誰もいないはずの校舎の中に人の気配を感じる。

「傑、校舎内に非術師がいる」

「人払いは済んでいたはずだけど、君が言うなら間違いないな。人数は?」

「四人」

どうするか悩む必要はなかった。
非術師の安全確保が最優先だ。

傑と二人でそこへ駆けつけると、女生徒が四人教室に身を寄せあっているのを見つけた。

「あなた達は?」

「わ、私達、友子のことが心配で……」

不安そうな顔でそう訴えてくる。どうやらこの携帯電話の持ち主の友人達のようだ。

「友子さんなら大丈夫。だから、あなた達は早く外へ」

そう言い終えるが早いか、手にした携帯電話が鳴り始めた。女の子達が恐怖に満ちた悲鳴をあげる。

「傑、彼女達のことは任せた」

「なまえ!」

携帯電話のボタンを押すと、辺りが突然真っ暗になった。
帳ではない。完全な暗闇だ。
なるほど。特定の行動をすることで発生する簡易領域か。この場合は、メリーさんからの電話に出ることがキーになっていたようだ。

『私、メリーさん。いま教室の前にいるの』

都市伝説より展開が早くないか?帳のせいで活性化したのかもしれない。
ぷつりと切れた電話を片手に、ホルダーから剣の柄を抜く。呪力をこめて刃を具現化させると、またすぐに電話が鳴った。

『私、メリーさん。いまあなたの後ろにいるの』

敵が来る方角がわかっていれば、こちらの対応も速い。背後に現れた呪霊は、大口を開けて私に食らいつこうとした状態のまま首を斬り落とされていた。
目にも止まらぬ速さで私が剣で斬り落としていたのだ。

『ワ、タ、シ……メリー……』

簡易領域が解けて、傑が飛び込んで来る。

「なまえ、大丈夫かい?怪我は?」

「私は大丈夫。傑、取り込むなら今のうちに」

「ああ。ありがとう」

メリーさんを名乗っていた呪霊の姿が黒いもやに変わり、傑の手の平の上に収縮して黒い玉となった。それを傑が制服のポケットにしまう。これで事件は解決だ。

終わってみれば、一級案件だった。

名残惜しそうに傑を取り囲んで口々にお礼を述べる女の子達を上手いこと言いくるめて帰宅を促した傑が車に戻って来る。

「相変わらずモテモテだね」

「茶化さないでくれ」

傑に睨まれてしまった。

「君に携帯電話を渡すんじゃなかった。どれだけ心配したと思っているんだ」

私の隣に乗り込んだ彼は、片手で私の頭を引き寄せ、自分の肩口に当てて深くため息をついた。

「君が簡易領域に取り込まれるのを見た時、心臓が止まるかと思った」

恋人同士が睦あうような格好で、甘くかすれた美声で切なげに囁かれて、私は困ってしまった。傑、こんなことをしては普通の女の子なら誤解されてしまうよ。

「私が電話に出ていればと、どれほど悔やんだか」

確かに、傑が電話に出ていたとしても瞬殺だっただろう。

「頼むから、もう無茶はやめてくれ」

「うん、ごめんね」

一人でやるのに慣れているから、つい率先して単独行動をとってしまう。高専の一生徒であるいまはスタンドプレーはよくないとわかっているのだが、身体が先に動いてしまうのである。私の悪い癖だ。
とはいえ、仲間に心配をかけるのは私も本意ではない。

「でも、あの時、傑があの子達を守ってくれていたから、何の心配もなく電話に出られたんだよ。傑なら、何があっても守ってくれるって信じていたから」

信頼していないわけではないのだと伝えると、傑はもう一度ため息をついて、私の手を握った。
男の子らしい、大きなゴツゴツとした感触のそれは、だけど、とても優しく私の手を包み込んでいた。

「信頼してくれるのは嬉しいけど、もっと私を頼ってくれ。いいね?」

「うん。ありがとう、傑」

ふ、と笑った傑の唇が私の頬をかすめる。

「今回はこれで許してあげるよ」

次はないからね、と微笑みながら私の頭を優しく撫でる傑に、これだから君はモテ男なんだよと言いたくなった。
ナチュラルにたらしなんだよなあ。
コレでたらしこんだ星の数ほどの女の子を色々な意味で泣かせてきたに違いない。

高専に向かって走り続ける車の後部座席でしみじみとそんなことを思うのだった。


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