※夏油生存教師if


「伊地知さん、渋滞で遅れるって」

スマホを片手に振り返った虎杖に、伏黒達は顔を見合せた。どうする?と目で相談する。任務は終えた。後は高専に戻るだけだったのだが。

「どれくらいかかりそう?」

「二時間はみてほしいって言ってた」

どうやら事故車両の撤去などでそれくらいかかるらしい。それならば仕方がない、と伏黒は判断を下した。

「どこかで時間を潰そう。二時間くらいならファミレスに入っててもいいだろう」

「そうだね」

なまえがすぐに賛成してくれる。釘崎も異論はないようだった。問題は、いまこの場にいない引率者がどう判断するかだ。
高専に連絡していた夏油が戻って来るのを見て、伏黒は表情を引き締めた。

「すみません、夏油先生。伊地知さんが渋滞に巻き込まれて迎えが遅れるそうです」

「謝ることはないさ。そういうことならどこかで時間を潰そう。どこがいいかな」

「はいっ!」

虎杖がシュバッと手を挙げる。目がキラキラしている。

「俺、カラオケに行きたいですっ!」

それは鶴の一声となった。



「カラオケなんて久しぶりだわ」

「あれ?釘崎んとこカラオケあったん?」

「ぶん殴るわよ。カラオケくらいあるに決まってるでしょ」

近場にちょうどカラオケ店があったので皆してそこへ行くことになった。
フロントで店員と話しをつけて比較的大きな部屋を確保したので、それぞれソファに腰を落ち着けて曲を選ぶ。
釘崎と虎杖は問題ないと判断した伏黒はもう一人の同期のほうを見た。なまえは何やら夏油と話しながらタブレットを操作している。

「夏油先生、何を歌います?」

「そうだな、何にしようか。最近の猿の曲は知らなくてね。少し古い歌になってしまうけど」

──間違いなくデキてるよな、この二人。

伏黒はこの日、引率として同行していた夏油となまえの様子を密かに観察していた。
夏油ときたら、なまえの背中に手を当ててさりげなくエスコートするし、ドアも開けてあげていたし、なまえが何か話しかけたら優しく耳を傾けていた。扱いが完全に恋人に対するソレだ。
何より、なまえを見る夏油の眼差しや表情が、一目でそれとわかるほど、とびきり甘い。
だからと言って、彼らの関係をどうこう言うつもりはなかった。
なまえは呪術師には珍しい根っからの善人だ。仲間思いで、その知識や判断力は頼りになる。伏黒にとっては幸せを甘受すべき種類の人間だった。だから夏油といてなまえが幸せならそれでいいと思っている。

「伏黒くん、はい次入れて」

「あ、ああ」

なまえに渡されたタブレットを受け取り、適当に持ち歌の中から一曲選んだ。
すると、早くも誰かが入れた曲が室内に流れ始めた。どうやら釘崎のらしい。

「野薔薇ちゃん、うまーい!」

釘崎が歌い終えるとなまえが拍手で迎えた。釘崎も満更でもなさそうだ。

「ま、こんなもんよね」

「次、俺だ。手拍子ヨロシク!」

虎杖が歌っている間、なまえは楽しそうに手拍子で盛り上げていた。夏油はその横で静かに珈琲を飲んでいる。
体術の訓練の時に実に楽しげな表情で生徒達を容赦なくぶちのめすこの男がどんな風にどんな歌を歌うのか興味があった。

「懐かしいな。昔、悟と硝子と何度か来たよ」

「そうなんですか」

伏黒が相槌を打つと、夏油は淡い微笑みを浮かべて「一年の時にね」と言った。

「二年に上がってからは忙しくてそんな暇もなくなってしまったけどね。君達も、今のうちに目一杯楽しんでおくといい」

伏黒が返答に迷っていると、なまえの歌声が聞こえてきた。今度は虎杖がマラカスを振って盛り上げている。

「可愛いだろう?」

「はあ……」

言外に「あれは私のだよ」と独占欲を滲ませつつ夏油が笑う。
家入さんの言った通りだな、と伏黒は思った。物腰も柔らかいし生徒思いの教師かもしれないが、この男はあの五条悟のたった一人の親友なのだ。あの五条の親友をやれてしまうような人間なのだ。油断してはいけない。

「夏油先生の番ですよ」

なまえが夏油にマイクを渡す。
流れてきたのは、ORIGINAL LOVEの「接吻」だ。

歌い始めた夏油に、伏黒は純粋に感心した。上手い。それに、エロい。ドエロい。
なんだこのいたたまれなくなるほどの色気は。

甘い歌声になまえはうっとりと聞き惚れていたが、サビの部分でちらりと夏油から流し目を送られると、真っ赤になって俯いてしまった。無理もないと伏黒は思う。
好きな子を見つめながらラブソングを歌うというのはよく聞く話だが、流し目ひとつで年下の少女を落としてしまうというのはあまり聞いたことがない。正直、恐ろしい人だと思った。ヤバいのに引っかかったな、なまえ、と少なからず同情した。

歌い終えた夏油がなまえに何事か耳打ちする。
なまえは項まで赤く染めながら、こくりと小さく頷いていた。

──まあ、十中八九、後でたっぷりしようとか、そのようなことを言ったのだろう。

末永く爆発しろ。伏黒は心の底から祝福した。


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