祓ったれ本舗とは、いま一番人気がある二人組の漫才コンビだ。
と言っても、ただの芸人さんではない。お笑いだけにとどまらず俳優やモデルとして幅広く活躍しているので、マルチタレントと呼ぶほうが正しいだろう。
私も女優の端くれなので、いつかはドラマで共演したいと思っているが、残念ながらまだその機会には恵まれていない。バラエティ番組で何度かご一緒したことがあるくらいだ。

「や。来ちゃった」

と思っていたら、連ドラの撮影現場にお二人が現れたのでびっくりした。

「あはは、驚いてる。かーわいい」

「すまないね、突然来てしまって。悟がどうしてもサプライズでと言うから」

「えー、僕のせい?傑だって乗り気だったじゃん」

「まあね。はい、これ、差し入れ。重いから誰かスタッフの人に渡して」

「あ、ありがとうございます!」

夏油さんが提げていた幾つもの紙袋は見覚えのある高級和菓子店のものだった。急いで駆け寄ってきたADさんが代わりに受け取ってくれる。
ちょうどおやつの時間だけど、それを狙っての差し入れかどうかはわからない。とりあえず、二人の登場で現場にいた役者達のテンションが上がったことは間違いない。
歓声を持って迎えられた二人は、急遽用意されたディレクターズチェアに腰を降ろしてこのまま撮影を見学していく態勢に入っていた。

「撮影は順調?」

「はい。今のところ何の問題もなく進んでいます」

「僕、なまえと共演したいってずっと要望出してるのに、全然逢えてないよね」

「私もだよ。夜蛾社長の仕業だろうね」

夜蛾社長と言えば二人が所属する事務所の社長さんだ。その人が二人からの要望を蹴っている?どういうことだろう。

「えっ、私に何か問題があるんでしょうか」

「逆、逆。君に迷惑かからないようにってことだよ。たぶんね」

「お二人が迷惑だなんて、そんなこと」

「優しいねえ。ほんと、なまえのそういうとこ大好き」

五条さんに優しい手つきでそっと髪を耳にかけられて、そのまま指の背で頬を撫でられてドキリとした。夏油さんまでもが優しい眼差しを注いでくるので、何だかいたたまれない気持ちになってしまう。

「あ、あの、映画観ました!公開初日に行ったんですけど、夏油さんと五条さんの最期のシーンで泣いちゃいました」

「ありがとう。あの場面は私も悟も特に力を入れて演じていたから、そう言って貰えると嬉しいよ」

夏油さんが本当に嬉しそうに微笑んでくれたので、公開初日をオフにして貰ってまで観に行って良かったと改めて思った。

「呪術廻戦と言えば、二期決定おめでとうございます。もう撮影は始まってるんですか?」

「過去編の触りだけね。ほんとはまだ内緒なんだけど特別に教えてあげる」

五条さんが悪戯っぽく笑って言った。
というか、それって言っちゃだめなやつなんじゃないだろうか。夏油さんも苦笑いしているし。まあ、五条さんだからなあ。

「私、過去編の夏油さんが大好きなんです。呪術師の在り方について苦悩するところは、何度読んでも胸が痛くなってしまって」

「傑より僕のほうが魅力的でしょ。だって最強だよ?」

「五条さんってチート過ぎますよね。あんなの惚れないほうがおかしいです」

「だよねえ。ほら、なまえも僕のほうが好きだってさ」

「えっ、あ、いえ、それは」

「図々しいよ、悟。私のことが大好きだって言っていたじゃないか。私のほうが愛されていると素直に認めたらどうだい」

「はあ?役と混同するなよ。キッショ」

雲行きが怪しくなってきたところで、タイミング良くスタッフさんが撮影を再開すると知らせに来てくれた。正直、とても助かった。
お二人には温かいコーヒーが差し入れられた。

「なまえ」

メイクや身だしなみを直して貰って、さあ行こうとなったところで五条さんに呼び止められた。
ディレクターズチェアから立ち上がった五条さんは、こうして近くで見ると、見上げるほどに背が高い。国宝級との呼び名も高い、彼の綺麗な顔立ちが近付いてきて。

「好きだよ」

甘く囁いた唇が私の唇に重なった。

「僕、本気だから」

ちゅ、と音を立てて離れた唇の感触に呆然としている私に五条さんが言った。

「こら、悟。いきなりは良くないよ」

夏油さんが五条さんを窘める。でも、ありがとうございますとは言えなかった。

「先に謝っておくよ。ごめんね」

今度は夏油さんに腰を抱き寄せられたかと思うと、優しくキスをされてしまったからだ。柔く唇を食まれて至近距離から見つめられる。

「私も君のことが好きなんだ。もちろん遊びとかではなく、本気だよ」

「え、あ、う」

「困ってるねえ。そんなとこも可愛いよ」

そう言って笑った五条さんから引き離される。見れば、マネージャーが焦った様子で私の腕を掴んでいた。

「まずいですよ!いまのバッチリ撮られてました!」

ぐいぐいと引っ張って行かれながらマネージャーが指差すほうを見ると、そこには撮影の様子を撮るために来ていた記者達の姿があった。居並ぶ彼らはこちらに向けてカメラを構えてパシャパシャ写真を撮りまくっている。こ、これは確かにまずい。

「撮影頑張ってねー!」

「ここで見守ってるよ」

事態の深刻さに青ざめる私とは裏腹に、物凄い笑顔で五条さんと夏油さんが手を振っている。
記者達に気付いてなかった?
いや、彼らに限ってそんなはずがない。ということは、つまり。

「いやあ、これで僕達、公認の仲だね」

「いや、私とだろう。悟と違ってちゃんと写りやすい角度を計算したからね」

「お前、ほんとそういうとこだよ、傑。祓ったれ本舗のヤバいほうってお前のことだからな?」

やっぱり確信犯だった!



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