悟様のお世話係に任命されてまず始めに取りかかったのは、悟様の食事の支度を材料の仕入れから調理にいたるまですべて任せて頂くことだった。

当然前任の担当者達からは反発を食らったが想定の範囲内だ。
私が仕切るようになれば、そう容易くは毒を盛れなくなるのだから、刺客の人達はそれはお困りだろう。
そんな彼女達から悟様の命をお守りするのが私の役目なので仕方がない。

「……料理があたたかい」

「出来たてですから」

悟様は困惑されているようだった。それはそうだろう。今までは毒見をされてから安全と確認が取れた冷めきった食事しか運ばれて来なかったのだから。

「これからは悟様が召し上がるものはすべて私が作らせて頂きますのでご安心下さい」

料理にじっと視線を注いだまま手をつけようとしない悟様に私は優しく言った。

「料理だけではありません。悟様を狙うありとあらゆるものからお守り致します」

「は、お前を信用しろって?」

「ご当主様から直々に承ったことです。命に代えても必ずお守り致します」

「へえ……親父がねえ」

悟様は蒼い瞳を細めて値踏みするように私を見ていたが、おもむろに箸を手に取り煮物を口に運んだ。ぱくんと食べたそれを咀嚼すると、目に見えて表情が和らいだ。

「……美味い」

「お口に合って良かったです」

「調子に乗るなよ。まだ完全に信用したわけじゃねーから」

そう言いながらも箸は止まらない。ぱくぱく美味しそうに召し上がる姿を見て、私はほっと胸を撫で下ろした。
こんな幼い子が毒を盛られる危険性を考慮しなければならない境遇にいるということが気の毒でならない。このくらいの年頃の子供であれば、普通なら親からの愛情を一身に受けて健やかに育っていく時期であるはずなのに。

すべては悟様の生まれによるものだった。

数百年ぶりに生まれた、無下限と六眼の抱き合わせ──それが悟様だ。
悟様が生まれたことで呪術界のパワーバランスが崩れたと言われるほどの逸材なのである。呪術界における至宝と呼んでもいいだろう。間違いなく将来最強の呪術師としてこの世界を背負って立つお方だった。

しかし、そのために呪霊ばかりか呪詛師にまで命を狙われる羽目になってしまった。

とは言うものの、その辺の呪詛師では幼くして既に無下限を使いこなし、凄腕の呪術師としての片鱗を見せはじめている悟様には敵わない。
だから、彼らは太古から存在する毒殺という方法に頼ろうとしたのだ。
呪詛師が放った刺客が下働きの者の中にまで紛れ込むようになった現状を憂いたご当主様が、信頼出来ると判断されて分家筋の私に悟様を託されたのである。そのご期待に応えるためにも、一命を賭してこの任にあたる所存だった。

「なあ、なまえ、クレープ作れる?原宿で売ってるようなやつ」

「出来ますよ。本日のおやつはクレープに致しましょうか」

「やった!早く作って!」

二週間も経つ頃には悟様はすっかり心を許して下さるようになっていた。
賢く聡明な方なので、私が自分の味方であるとちゃんと見抜いて信頼を寄せて下さるようになったのだ。
度々御屋敷を抜け出してのお忍び行脚に付き合わされるのには困ったが、それ以外では驚くほど素直に私の言い付けを聞いて下さっていた。

「なまえ、お前、親父に惚れてんの?」

そして、そうかと思えば、時々こんな風に私の心臓を止めにかかったりもする。

「俺、間違いなく親父よりいい男になるからさ。俺にしとけよ」

悟様はいたって真剣なご様子で仰っていたが、子供らしいまろやかな曲線を描く頬に白い生クリームがついているので、そのお姿は可愛らしくて微笑ましい。

「自分で拭けるって!子供扱いすんなよなっ」

あまりにも可愛らしかったので、クリームを拭き取って差し上げる際にうっかり頬や口元が緩んでいたらしく、悟様に怒られてしまった。ぷりぷり怒る悟様も可愛らしいと思ってしまうあたり、私も悟様の魅力にかなりやられてしまっている。

「お前、俺の話聞いてた?」

ムスッとした顔で悟様が言った。

「はい、もちろん。悟様なら、きっと誰よりも強くて素敵な男性になられますよ」

「なら、約束しろ。俺が誰よりも強くていい男になったら、俺と結婚するって」

「悟様には私などよりも、もっと素晴らしいお相手が現れますよ」

「そんなやつ知らねー。俺はお前がいいって言ってんだけど。わかれよなっ」

微かに頬を染めながら、悟様がぶっきらぼうな口調で言った。
実に可愛いのだけど、これにはさすがに困ってしまった。

「悟様と私は一回り以上離れていますし」

「知ってる」

「悟様が大きくなられたら、私はおばさんになっていますよ」

「そんなの関係ない。お前がいい」

悟様のお顔は真剣そのものだ。
これは誤魔化しきれないなと思った私は一計を案じた。
膝をついて悟様と目線を合わせ、子供にしては大きな手を取る。

「悟様」

「ん」

悟様は桜色の唇を少しだけ尖らせて不満を訴えていた。どうあっても良い返事を貰おうという態度にくすりと笑みがこぼれた。

「でしたら、もしも悟様が大きくなられて、その時もまだお気持ちが変わっていなければ、私を悟様のお嫁さんにして頂けますか?」

「!する!絶対するから、俺のお嫁さんになって」

「はい、約束ですよ」

「うん。約束したからな。絶対に忘れんなよ。死んでも離さねえから」

忘れたりはしません。
あれから三年が経ちましたが、片時も忘れることはありませんでした。
でも、約束を守って差し上げられなかった私を、どうか許して下さいね。

何か話そうとした口から血が溢れ出た。
いつものようにお忍びで外出された悟様のお供をしていた時に呪詛師に囲まれ、その攻撃から咄嗟に悟様を庇って怪我を負ってしまったのだった。悟様には無下限があるから大丈夫なはずだとわかっていたのに。それでも、身体は悟様を守るために勝手に動いていた。
悟様が私を抱き起こして何か仰っているけど、もう耳がよく聞こえない。でも、悟様をお守り出来て良かった。それで死ぬのなら本望だ。

「ダメだっ、死ぬな!なまえっ!」

「悟様が、ご無事で、良かった……」




私には十八歳離れた姉がいたらしい。

らしい、というのは、私が生まれる前に亡くなったので一度も逢ったことがないからだ。両親も姉の話をしたがらないので、何となく聞けないままここまで来てしまった。
ただ、同じ分家の人が言うには、私は姉の子供の頃にそっくりらしい。姉妹だから似るのは当たり前なのだが、そういうレベルではないそうだ。瓜二つだとよく言われる。

そして、私には生まれた時から決められていた婚約者がいる。

「や。来たね、なまえ」

「五条先生」

「悟って呼んでよ。僕達、夫婦になるんだからさ」

五条先生はにこにこしながら言った。
担任の先生なのに婚約者だなんて奇妙な感じだが、色々と規格外な五条先生だから可能なことなのだろう。

「長かったね。待ちくたびれちゃったよ」

五条先生は私の頬を両手で包み込むと、ちゅ、と可愛らしい音を立ててキスをした。
何も遮るものがない美しい六眼が私を見つめている。
魂の色や形さえも見通してしまうというその瞳が、愛おしくて堪らないと何よりも雄弁に語りかけてくる。
いつもそうだった。そして、そんな時、五条先生は決まってちょっと不思議なことを口にするのだった。

「言っただろ。死んでも離さないって」


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