悟くんが投げたボールは、綺麗な放物線を描いてゴールネットへと吸い込まれていった。
ザシュッと音を立ててネットをくぐり抜けたボールが落ちると同時に、ギャラリーの女の子達から歓声があがる。

「キャー!五条くんナイッシュー!」

しかし、傑くんも負けていなかった。
味方からパスを受けると、悟くんがカットしに来る前に直ぐ様ロングシュート。
ほぼコートの反対側からお手本のような綺麗なフォームで打たれたそれは真っ直ぐゴールネットに飛び込み、勢い良くネットを揺らした。またもやあがる黄色い歓声。

「キャー!夏油くん、カッコいい!」

夜蛾先生からは潜入任務なんだからくれぐれも目立つ真似はするなよと言われていたのだが、やはりというかこの状況である。
神様が丹精込めて造りたもうたこの世の至宝とでも呼ぶべき美貌の持ち主の悟くん。
見た目の第一印象とは裏腹に物腰柔らかく紳士的で話しやすい、黒髪長髪塩顔好き女子をとことん沼らせる傑くん。
この二人が揃っていて目立つなというほうが無理な話だった。

お昼休みに体育館に詰めかけたギャラリーの声援を受けつつバスケの試合をしている二人はとても楽しそうに見える。
呪術高専には体術の訓練はあってもスポーツの授業はないし、休み時間を利用したお遊びだとしても、今だけしかない機会だとわかっているからこそ純粋に楽しんでいるのかもしれない。

「なまえ〜!」

体育館の入口に立ち並んだ生徒達の隙間を縫うようにして、友子ちゃんが私のもとにやって来た。彼女は私達がいま潜入しているこの私立校の生徒で、編入初日から声をかけてくれて仲良くなった子だった。

「目に虫が飛び込んできたぁ」

「えっ、大変!こっち来て!」

私はすぐに彼女の手を引いて体育館脇の水道へと向かった。

「水出すから目をぱちぱちさせて洗い流そうね」

「うん」

「はい、目ぱちぱちして」

「ぱちぱち」

「出来てないよー。頑張って」

「うー、ぱちぱち」

そうやって水道水で目を洗うこと数分。
友子ちゃんの目を覗き込んで確認したが、虫はおらず、傷がついている様子もなかった。何とか洗い流せたようだ。

「あーん、良かったぁ!ありがとなまえ!」

「どういたしまして」

体育館に戻ると、ちょうど試合が終わったところだった。
まだ興奮冷めやらぬ様子できゃあきゃあ言っている女の子達もいれば、試合について話しながら教室に戻っていく男の子達もいる。

「くっそ、同点かよ」

「残念。引き分けか」

悟くんと傑くんが戻って来たので、私は二人にタオルを差し出した。

「お疲れさま。凄い試合だったね」

「惚れ直した?」

預かっていたサングラスを渡せば、それを掛けながら悟くんが冗談めかして言った。

「うん、二人ともカッコ良かったよ」

「傑はどうでもいいから。俺の勇姿見てくれた?お前に相応しいのはやっぱこの悟サマだろ」

「そういうことは私に勝ってから言いなよ、悟。引き分けなんだから抜け駆けは無しだ」

「チッ……スリーポイントばっか狙いやがって。そりゃあ、真向勝負じゃ俺に勝てねえもんなあ?」

「そこまで言うなら1on1で改めて勝負するかい?」

「上等だ、来いよ。決着つけてやる」

「残念だけど、もうお昼休み終わっちゃうよ。また今度ね」

不満そうな二人を連れて体育館を出る。
一緒について来た友子ちゃんが感心したように言った。

「凄い。二人とも他人の言うことなんて聞きそうにないのに。躾が行き届いてるね」

「あ?」

悟くん、一般人に凄まないの。



──放課後になると生徒が消える。
『窓』の人からの報告はこうだった。
半年の間にもう五人もの生徒が校内で行方不明になっている。
確認出来た残穢は1ヵ所だけ。体育館にある用具倉庫の入口に残っていたものだけだ。
報告を受けた高専から派遣されたのが私達三人だった。硝子ちゃんは念のために高専に残って待機して貰っている。

「どう考えても怪しいよな、あそこ」

「体育館?」

放課後、私達は屋上でミーティングを行っていた。この学校に来てから何度となく体育館を利用しているが、今のところおかしなことは起こっていない。呪いの気配すらない。
悟くんの六眼でも見えないというから、よほど用心深く隠れているのだろう。

「私が囮になろうか?」

「危険だからダメだよ」

私一人なら誘き出せるのではないかとそう提案してみたのだが、即座に却下されてしまった。

「あ、いたいた!なまえ!」

屋上に友子ちゃんがひょっこり顔を覗かせた。

「実は落とし物したみたいで……一緒に体育館まで行ってくれる?」

「うん、いいよ。行こう」

体育館と聞いて悟くんと傑くんが顔を見合わせたのがわかったが、私はあえて気付かないふりをして友子ちゃんと一緒に体育館に向かった。

「あれ?部活は?」

「今日は休みだって。何だか静か過ぎてちょっと怖いね」

確かに。夕闇の中に佇む人気の無い体育館はいつもと違って不気味な感じがした。
その体育館の入口を開けて中に入ると、昼間の名残の熱気がもわっと押し寄せてきた。そこらじゅうに低級呪霊が集まってきているのが見える。

「あっ!あったー!」

何も知らない友子ちゃんが用具倉庫の入口に向かって走って行く。そして、何かを拾いあげた。

「これ、おばあちゃんの形見なんだ。見つかって良かった」

友子ちゃんはほっとした様子だが、私の目はその背後に釘付けになっていた。
床に長く伸びた友子ちゃんの影から現れたもの。それは。

「ビンゴ」

悟くんの声がして顔を上げる。二階の手すりに腕をもたせかけて悟くんが階下を見下ろしていた。

「ずっと『そこ』に隠れて俺達を監視してやがったんだな」

「五条くん?なに、」

言いかけた友子ちゃんの身体がその場に崩れ落ちる。意識を失った彼女を私が抱き支えると、傑くんの呪霊が私達の間近に迫っていた低級呪霊を飲み込んだ。
二階から飛び降りた悟くんの術式が影に逃げ込もうとした呪霊を捻り潰す。

「手間取らせたわりには最期は呆気なかったな。傑、こいつどうする?」

「遠慮なく頂くよ」

傑くんの手の平にシュルシュルと収縮して黒い玉になったそれを見て、ようやくほっとした。

「さて、任務はこれで終わったな」

悟くんがどこか楽しそうに言った。

「傑、やるだろ?」

「当然」

悟くんの手にはどこからか失敬してきたバスケットボールが握られていた。

「次は負けねーから」

「それはこちらの台詞だよ」

言いながら傑くんがネクタイを緩める。悟くんにいたってはとっくにネクタイは外されていてズボンのポケットの中だった。
腕まくりをした二人はお互いに油断なく相手を見据えていて既に戦闘体勢だ。
これはもう何を言っても聞いてくれそうにない。

「勝ったほうがなまえとデートな」

「キスもつけてくれ」

ダム、とボールを床に打ち付ける音が体育館の中に響いた。


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