台風一過というけれど、台風が通り過ぎた今日は快晴という表現がぴったりな青空がどこまでも広がっていた。
そして暑い。今年は特に暑い気がする。

午前の授業が終わり、お昼休みになって昼食を食べ終える頃にはもう完全にぐったりとしていて、冷たい飲み物を飲むことしか考えられなくなっていた。

「私、飲み物買って来るね」

七海くんにそう告げて自販機のコーナーに向かう。
途中、あまりにも暑くて顔を洗おうと水道が並ぶ場所に寄ったら、先客がいた。
夏油先輩だ。

いつもはお団子にまとめてある髪はほどかれていて、頭から水道の水を浴びている。
長い髪の間から覗く顔はこの炎天下でもわかるほど青白く、気だるげな表情とは裏腹な鋭い目つきで虚空を睨み付けていた。

「あ」

邪魔をしてはいけない。本能的にそう感じたにも関わらず、足元に転がっていた空き缶に爪先が当たって派手な音を響かせてしまった。夏油先輩がゆっくりとこちらを向く。

「君か」

「すみません……」

「どうして謝るんだい?」

夏油先輩の口元がほんの僅かに綻ぶ。優しい声には隠しきれない疲労が滲んでいた。
夏油先輩が濡れた長い黒髪を無造作に掻き上げる。その仕草に、はっとするほどの男性としての色気を感じて私は固まってしまった。初めて異性に性的な魅力を感じた瞬間だった。暴力的なほど強烈なそれに目眩を感じる。心臓が高鳴る。

夏油先輩のことが好きだった。

いつも優しくて、面倒見が良くて、弱きを助け強きをくじく、呪術師の理想を体現したような人だった。
だから、夏油先輩が何かに悩んでいて苦しんでいることにもすぐに気がついた。でも呪術師としてもまだ半端者で、補助監督に進路を変更したほうが良いのではと悩むような自分に、夏油先輩の悩みを打ち明けて貰えるだけの器があるだろうかと、いつも切り出せずにいた。

「なまえ?」

「あの、無理はしないで下さい」

言いながら、ああ、違う、こんなことが言いたかったんじゃないと後悔する。

「えっと、違くて、夏油先輩がつらそうなのは嫌だから、それで」

「ありがとう」

ぽん、と優しく頭に手を乗せられて、一瞬呼吸を忘れた。

「なまえは優しいね」

違う。優しいのは夏油先輩だ。誰よりも優しくて、真面目で、きっとだからこそ、いまそのことが夏油先輩を苦しめているのだと何となくわかった。

「あのっ、これ使って下さい!」

私は持っていたタオルを夏油先輩の頭に被せた。白くてふわふわなそれはどちらかと言えば五条先輩を連想させるものだったけど、夏油先輩の濡れて色が濃くなった黒髪にも良く映えた。ぽた、と髪先から雫が滴り落ちる。

「私、夏油先輩が好きです」

「え」

「あ、じゃなくて!優しい夏油先輩が好きです。……あれ?」

何だか混乱してきた。そんな私を見て、夏油先輩が小さく吹き出す。くすくすと笑われて真っ赤になった私に、夏油先輩は「ありがとう」と優しい声で言った。

「ありがとう。君を見ていると、この世界もまだ捨てたものじゃないと思えるよ」


それは、ある晴れた夏の日の話。
まだあなたがいた夏の出来事。


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