楽しい所に連れて行ってあげると友人に誘われてやって来たのは、会員制の高級ホストクラブだった。

いかにもセレブ御用達といった雰囲気の個室に案内され、ふかふかのソファに腰を降ろしたところで、バニーボーイの格好をした長身の男性がウェルカムドリンクを運んできてくれた。なんでも今日はバニーの日だそうで、ホストは皆バニーの格好をしているのだとか。
店の方針なのだからそれに文句はない。
文句はないけど、私にはちょっと刺激的すぎた。

「お飲み物をどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

直視出来ないでいる私を、友人がさりげなくフォローしてくれる。

「この子、こういうところ初めてだから」

「ああ、やはりそうですか。初々しい反応をされるので、すぐにわかりましたよ。可愛らしいお客様だ」

バニーボーイがくすりと笑う。妖艶なその笑みに不覚にもどきりとしてしまった。

「初めまして。夏油傑と申します」

頭の上にあるうさ耳はまだいい。彼の長い黒髪に似合っていると言えなくもなかったから。問題はその筋肉質なガタイを包むバニーの衣装だ。
太い首から腕までは黒い革製の布で覆われていて、ビキニの三角の小さな布で乳首こそ隠れてはいるが、発達した大胸筋がこれでもかと存在を主張している。
下はもっとヤバい。
筋肉質な脚は網タイツに包まれていてはちきれんばかりにそれを押し広げているし、お尻には可愛い白いうさぎの尻尾。
男性器はムタンガのような革袋で包まれているけど、何しろ中身のブツが大き過ぎるので横から竿も玉もはみ出して見えてしまっている。ギリギリもくそもなく完全にアウトだった。目のやり場がないとはこういうことを言うのだろう。

「敬語は無しでいいわ、夏油さん。この子も緊張しちゃうだろうし」

「それは良かった。私も彼女とは是非仲良くなりたいからね」

敬語ではなくなったけど、物腰が柔らかいせいか、一気に話しやすそうな雰囲気になったのは意外だった。一見しただけだともっと冷たそうに見えたからだ。よく見ると長い黒髪の毛先は外にハネてしまっているし、案外男らしいさっぱりした性格の人なのかもしれない。
ちょっとだけ安心した私は夏油さんに勧められるままウェルカムドリンクに口をつけた。少しとろりとしたそれは冷たくて口当たりが良く、とても美味しい。

「美味しい……」

「お気に召したようで良かったよ。落ち着いたところで食べ物はいかがかな?」

「じゃあ、フルーツの盛り合わせを」

「了解。フルーツだね」

夏油さんが合図をすると、死角になっている場所からフルーツの盛り合わせを乗せたトレイを持った別のバニーが現れた。
外国の血が入っているのか、金髪で顔立ちも異国の人のようだ。夏油さんほどではないが、彼もまたよく鍛えられて引き締まった肉体の持ち主だった。

「お待たせ致しました。フルーツの盛り合わせです」

「七海、こちらの女性のお相手を」

「かしこまりました」

「隣、いいかな?」

「あ、はい」

友人の反応からしてこの七海という人がお気に入りなのだろうと察した私は、隣に座った夏油さんとお話することにした。

「なるほど、それは大変だね」

夏油さんは聞き上手で、私はいつの間にか仕事の愚痴から私生活の悩みまで洗いざらい話してしまっていた。初めて逢った人にここまで自分をさらけ出すのは初めてだ。
格好こそアレだが、夏油さんカッコいいし。
友人は、と見れば、七海さんと楽しそうに話している。
七海さんて、あまりホストっぽくないな。
どちらかと言えばお堅い仕事に勤めていそうなイメージがある。

「七海のことが気になる?」

「えっ、あ、はい、友達が気に入ってるみたいなので」

「そうだね。でも、いまは私だけを見ていて欲しいな」

さすがホストというべきか。わかっていても流されそうになってしまう。

「可愛い」

赤くなった私を夏油さんが瞳を細めて見つめてくる。なにこれ。心臓がヤバい。ホスト怖い。

「フルーツ、食べないのかい?」

「あ、はい、いただきます」

「食べさせてあげるよ。あーんして」

夏油さんが差し出してくる苺を食べると、甘酸っぱい味が口の中に広がった。

「私にも食べさせて欲しいな」

「えっと、あーん?」

口を開けた夏油さんの口元に苺を運ぶ。
白い歯が赤い苺を食んで、ぷちゅ、と果汁が滲み出る音がした。夏油さんの赤い舌が蛇のそれのように閃いて、私の指についた果汁を舐め取る。ひえっ!

「ふふ、君は本当に可愛いね」

「なまえ、大丈夫?夏油さんに優しくして貰ってる?」

友人が心配して声をかけてきてくれたので、ほっと胸を撫で下ろした。

「なまえちゃんて言うんだね。可愛い名前だ」

「そういうところですよ、夏油さん」

七海さんが代わりにつっこんでくれる。思わず笑ってしまった私に

「笑顔もとても可愛いね。ずっと笑っていてほしいくらい可愛いな」

そう微笑んだ夏油さんがするりと優しく私の頬を撫でたものだから、私は真っ赤になって固まってしまった。夏油さんの顔が近い。甘い甘い美声で囁かれて手を握られる。

「大丈夫、優しくするよ。君にだけは特別にね」


楽しい時間はあっという間に過ぎていくもので、お別れの時間がやって来た。
友人について店を出た私を見送りに来てくれた夏油さんが名刺を取り出し、裏に何かさらさらと書き付けてからそれを渡してくれた。

「いつでもいいから連絡して」

それは夏油さんのプライベートなスマホの連絡先だった。

一週間後、私はカフェで夏油さんと待ち合わせていた。待ち合わせ場所には既に夏油さんがいて、慌てて駆け寄る。

「すみません、お待たせしました」

「大丈夫。まだ時間前だよ」

夏油さんが笑うと、左側の額に垂らした特徴的な前髪が揺れた。お互いに時間前行動が基本な人間だとわかって、私達は顔を見合せて笑った。
今日の夏油さんは黒いシャツに夏物の白いジャケットを合わせていて、下も白いストレートパンツを履いていた。バニー姿の時の妖艶さが嘘のような爽やかさだ。

「ホストの仕事は辞めて来たよ」

カフェのテーブルについて腰を落ち着けたところで夏油さんが言った。聞けば、あのお店のオーナーが夏油さんの親友で、その人に頼まれて期間限定でホストをやっていたのだという。でも、稼ぎ頭に辞められてお店は大丈夫なのだろうか。

「その辺りは悟が何とかしてくれるさ」

夏油さんの返事はあっさりしたものだった。
でも、夏油さんのほうは大丈夫なのか。

「本業は別にあるから心配はいらない」

「本業?」

「宗教団体の教祖」

「エッ」

「というのは冗談で、こう見えて実は作家なんだ」

聞いたことない?と夏油さんが口にしたペンネームは私の本棚に並んでいるお気に入りの小説の作家のものだった。

「ホストの仕事もそれなりに楽しませて貰ったけど、やはり面倒なことも多くてね。辞めてすっきりしたよ」

そう言った夏油さんは本当にすっきりした感じの笑顔を私に向けた。

「これからは君を可愛がることだけに専念出来る」



夏の午後。適度に冷房の効いた部屋で、ソファに座る夏油さんの膝に凭れて、読書をしたり、たまにお話をしたりしては、うとうとしながらゆったりとした時間を過ごすのが私の日課になった。
読むのはもちろん大好きな夏油さんの小説。
夏油さんの書く作品には美しさと儚さと凄みがある。

「今度、セックスする時にあのバニーボーイの衣装を着てあげようか」

そんな風に私に悪戯っぽく囁きかける夏油さんは、もうすぐ私の人生の伴侶になることが決まっていた。
私の最愛の旦那様との出逢いがどんなだったかを何も知らない家族や友人にどう説明するか。
それこそが世界で一番幸せに違いない私の今の最大の悩み事だった。


  戻る  



- ナノ -