王都にある聖地で異世界から勇者様が召喚されたらしい。 確かにここ最近の魔物の活性化は異常だ。王都から離れたこの村の周辺でも頻繁に魔物が現れるようになっていた。魔王が復活したという噂は本当なのかもしれない。 そうなると、魔王は異世界から召喚された勇者でなければ倒せないという言い伝えもまた真実なのだろう。 「なまえ!すぐに来てくれ!ザックが魔物にやられた!」 森を見廻りに行っていた男性達に呼ばれた私は、最悪の事態を想定しながら彼らの示すほうへ駆け出した。 「お前が聖女サマ?」 広場には既に村の皆が集まりつつあった。 人だかりの中心には簡易担架に寝かされた見るも無惨なザックさんの姿があり、その傍らには見たこともないほど綺麗な顔立ちをした白髪の男性と魔法使いのような黒衣を着た黒髪の男性が立っていた。 「治癒魔法が使えるんだって?そいつ助けられるか?」 「助けます」 きっぱりと宣言して私はザックさんの傷に手をかざした。溢れ出す光の奔流とともにみるみるうちに傷が治っていくのを見て内心ほっとする。あと少し遅かったら助けられなかったかもしれない。 「なまえ、この方達は勇者様だ。我々が森で魔物に囲まれていたところを助けて下さった。命の恩人だ」 勇者様、という言葉を耳にした村人達の間にざわめきが広がる。私は改めて勇者様と呼ばれた方達を見上げた。村一番の大男であるダンさんほどではないが、お二人もかなりの長身だ。そして、目が覚めるような鮮やかな青いマントの男性が腰に提げているのは以前王都で目にした勇者だけが扱えると言われている聖剣に間違いなかった。 「ありがとうございます、勇者様。お二人のお陰で大切な村の仲間を助けることが出来ました」 その方の手を両手で包み込むようにして感謝の言葉を述べると、不思議な美しさを湛えた青い眼で私をじっと見下ろしていた勇者様が静かに口を開いた。 「俺、こいつを守ってこの村で暮らすわ」 「ふざけるなよ、悟。時間は有限なんだ。私達は一刻も早く魔王とやらを倒して元の世界に戻らなければならないことを忘れるな」 「俺に説教すんなよ、傑。お前だって、さっきこいつがおっさん治してやってた時思いきり見惚れてじゃねえか」 「それとこれとは話が別だ」 「あ、あの、勇者様」 勇敢にもお二人の会話を遮ったのは村長だった。 「村の者を助けて頂いてありがとうございました。長旅でお疲れでしょう。是非我々の村で旅の疲れを癒して下さい」 「いや、私達は」 「まあまあ、傑。せっかくだから泊まっていこうぜ。腹も減ってるし」 「すぐに食事をご用意させます。先に湯をお使い下さい」 「え?風呂あんの?入る入る」 「なまえ、ご案内して差し上げなさい」 「はい。勇者様、こちらへどうぞ」 水の魔石と火の魔石を使って湯を沸かすのだが、お二人が見たいと仰ったので目の前でお風呂を沸かすことになった。 「へえ、意外と便利だね」 「電気やガスで沸かすより早いな」 ガスはわかるけどデンキとはなんだろう。 気になったが、せっかく沸かした湯が冷めてはいけないので、お二人に着替えを渡して早速入って貰うことにした。 「なまえは入らねえの?」 「えっ」 「俺達がいた世界では世話役が背中流したりしてくれんだけど」 「こら、悟。君の一般的じゃない『常識』を教えるんじゃない。困ってるじゃないか」 白髪のほうがサトル様、黒髪のほうがスグル様。よし、ちゃんと覚えた。 「ありがとうございます、スグル様。お優しいのですね」 背の高いスグル様を見上げてそうお礼を述べると、スグル様は一瞬息を呑み、それから優しく微笑んで下さった。 「大丈夫、安心してくれ。悟の魔の手から私が君を守ってみせるよ」 「おい、傑、落ち方があからさますぎんだろ」 その後、お風呂に入って着替えたお二人を部屋へ案内し、村の女性達が腕によりをかけて作った料理の数々を召し上がって頂いた。 「それで、任務が終わって高専に帰ろうってとこでいきなり足下に魔法陣が浮かび上がって、さては呪詛師の仕業かと思ったらこの世界の聖地とやらに召喚されてたんだよ」 「悟が聖剣を引き抜いた時はまさかと思ったよ。勇者なんていうものからは程遠い男だからね」 「はあ?俺以上の適任はいねえだろ?」 「ほらこれだ。本当、先が思いやられるよ」 「やんのか、こら。表出ろよ傑」 「寂しんぼかい?独りで行きな」 仲がいいのか悪いのかわからないと、団長さんは苦笑していたけど、私にはお互いに認めあっている唯一無二の存在であるように見えた。 そして夜は更けてゆき、翌朝。 激しい風雨のため、出発は見合わせることになった。 「さとる。さーとーる。悟、な」 「さ、悟様……?」 「そうそう。はあ、お前なんでそんな可愛いの。俺やっぱ、なまえとここに残るわ」 「まだ言っているのか……困ったね」 「おはようございます、傑様」 「おはよう。ちゃんと漢字で聞こえたよ。凄いな、勉強したのかい?」 「さっき教えてやったんだよ。上達速いよな」 朝食を食べるお二人に請われて私は自分のことを少しだけお話した。 小さい頃、一人きりで森にいたところをこの村の人に助けられたこと。自分の名前以外はよく覚えておらず、親や故郷のことを聞かれても上手く答えられなかったことなど。あまりにもショックが大きかったのかその頃のことはよく覚えていない。 「なまえももしかしたら俺達みたいに他の世界から来たのかもな」 「そうだとしたら説明がつくね。なまえか……漢字で書くとこうかな」 傑様が紙に書いて下さった異世界の字は奇妙なことに見覚えがある気がした。 「もしなまえが俺達と同じ日本から来たんなら連れて帰っても問題はねえよな」 「もしそうなら私が連れて帰るよ」 そんな話をした三日後。ようやく天候が回復したため、いよいよお二人が出発されることになった。 意外だったのは、悟様ではなく傑様のほうが私にべったり抱きついて離れようとしてくれないことだった。 「嫌だ。離れない。私はなまえを守ってこの村で暮らしていくんだ」 「お前、ほんと拗らせると重くて面倒なタイプだよな」 悟様が呆れたように言った。 「なまえ、勇者様について行きなさい」 「えっ」 「村のことは心配いらない。勇者様のお力になってこの世界を救ってくれ」 「よし、行こうか、なまえ」 途端に元気になる傑様。悟様はまるでこうなることがわかっていたかのようなお顔で笑っている。 いつの間にか用意されていた荷物を渡され手早く旅支度をさせられた私は、傑様と一緒に傑様の使い魔であるエイのような呪霊の上に乗せられ、青空のもと、故郷の村から飛び立っていった。 今まで育って来た村がみるみる遠ざかっていく。 こうして、二人の勇者様と私の旅が始まったのだった。 |