ついこの間まで残暑が厳しかったのに、急に気温が下がった気がする。特に朝晩は寒くて掛け布団が欠かせない。 今朝もそうで、半ば無意識のまますぐ傍らにあるあたたかい大きな塊に身をすり寄せてから、それが傑くんだということに気がついた。 どうやら私が寝ている間に出張から帰って来ていたらしい。ちゃんとお風呂に入ってから布団に潜り込んで来たようで、長い黒髪からはシャンプーの、大型の動物を思わせる大きくてしなやかな身体からは微かにボディソープの香りがしている。 傑くんは私を自分の懐に抱き込むようにして眠っていた。 これは任務が立て続けに入ったり、遠方への出張があった時などに良くあることだった。こんなガタイをしていて、普段は澄ました顔をしているのに、実は意外と寂しんぼさんなのだ。そんなところも可愛いと思ってしまうあたり、私も傑くんのことが大好きすぎる自覚はあった。 傑くんは、学生時代に一度高専から離反しかけている。 矜持が高く高潔な精神の持ち主であるがゆえに、その理想と汚れた現実との剥離に耐えきれなくなっていたのだ。 幸いにも彼が悩み始めた頃に一番近くにいた私がすぐに異変に気がつき、じっくり時間をかけて彼と向き合うことで、傑くんは何とか落としどころを見つけて踏みとどまってくれた。 でも、未だに非術師への嫌悪感は残っていて、上層部とかけあった結果、なるべく一般人とは関わらなくて済むような任務だけを引き受けている。圧倒的に人数の少ない特級呪術師だからこそ成り立つ取り引きだった。 そんな傑くんは任務の傍ら、高専で生徒達に体術を教えている。悟くんに頼まれて引き受けたそれが驚くほど性に合っていたらしく、今ではとても楽しくやっているようだった。 その高専での教え子達と過ごす時間が彼の心のバランスを取ることに役立っているのは間違いない。 私も高専の医務室で治療にあたることもあるから、傑くんと過ごす時間が増えた。 悟くんには感謝してもしきれない。 そうだ、今度何か甘いものでも差し入れよう。 そう思って枕元に置かれたスマホを取ろうとしたら、お腹に巻き付いていた腕が動いて、手首を掴まれて止められてしまった。 「私と二人きりの時は私のことだけを考えていてくれ」 寝起きで少し掠れたセクシーな美声が耳に吹き込まれる。数日ぶりのその威力に背筋がぞくぞくして身体が勝手に反応した。 「起きてたの?おはよう、傑くん」 「おはよう、なまえ。愛してる」 傑くんに向き直った途端、唇に頬にと熱烈なキスが降ってくる。逃がさないとばかりにきつく抱き締めてくる腕をぽんぽんと優しく叩いて宥める。 「どうしたの?何か嫌な夢でも見た?」 「……君が悟のものになってしまった夢を見た」 憮然とした傑くんが言うには、呪詛師に堕ちた傑くんが百鬼夜行を起こして高専と対立した末に、最後は親友である悟くんの手によってトドメを刺されて、私と悟くんが結ばれて終わったのだとか。 そ、それは、うーん。何というか、やるせない気分になる悪夢だ。 「やはり最後は君も悟を選ぶのか、と絶望的な気持ちになったよ」 「傑くん、それ夢だから。私はちゃんと傑くんの奥さんだよ?」 「そう、そうだね。君は私のものだ」 ぎゅうぎゅうと苦しいくらいに抱き締めてくるのは、それほどショックだったということなのだろう。 「新婚の人が見る夢じゃないよね」 「私ももっと甘い夢が見たかったよ」 ふう、と吐き出される息が少し白い。今朝は本当に冷え込んでいるようだ。 「部屋を暖めておくから、お風呂に入ってゆっくりお湯に浸かってきて」 「一緒に入ってくれないのかい?」 「一緒に入ったらゆっくり出来ないよ」 「君と一緒にお風呂でゆっくりシたい」 ああ、なるほど、そういうことか。 「わかった、いいよ。一緒に入ろうね」 そんな悪夢を見て弱るなんて、きっと疲れが溜まっているのだ。別のものも溜まっているようだし、今日はたっぷり甘やかしてあげよう。 「ありがとう。愛しているよ、なまえ」 「私も愛してる」 「私は言葉に出来ないくらい愛してる」 えっ、そこ張り合うところなの? 「本当の本当に、君を愛しているんだ。君がいないと生きていけないくらいに」 「傑くん……あ、ん、」 大きな手で身体をまさぐられながら首筋に顔を埋めた傑くんに薄い肌にぢゅうっと吸い付かれる。 結局そのままベッドで二回、お風呂でまた二回、ベッドに戻って三回ヤった。 しかも傑くんときたら、すっきりツヤツヤな顔で高専に出勤したものだから悟くんに一目でバレた。 「すぐに育児休暇が必要になりそうだね」 赤ちゃんのスタンプとともに悟くんからそんなメッセージが送られてきて、どうせ授かるなら傑くんによく似た男の子がいいなと、私もちょっとだけその気になってしまったのだった。 |