ある日、目が覚めたら乙女ゲームの世界の中にいた。
初めは呪術の世界に転生したんだと喜んでいたのだが、死んでいるはずの人が生きていたり、会話の時にときメモ風の選択肢が出たりしたために、これはある種のパラレルワールド的なものなのだろうと理解したのである。
そう納得してしまえばおのずと目標も定まった。
全世界の五条ファンの夢、大好きな五条先生との真告白エンドを目指す!これだ。



「偉そうなことを言ってごめんなさい」

「いいんだよ。僕のためを思って叱ってくれたんだってちゃんとわかってるから」

しゅんと項垂れた私の頭を五条先生が優しく撫でてくれる。

「僕、甘やかされて育ったからさ、さっきみたいに叱られたの凄く新鮮だったんだよね。びっくりしたけど嬉しかったよ。ありがとう、なまえ」

やったね!
バッチリ好印象!!

三年目に入り、私は順調に五条先生を攻略していた。野薔薇ちゃんや硝子さんの情報からしても五条先生がときめき状態にあるのは間違いない。
五条先生はああいう人だから、好意を持っている相手に対する態度がわかりやすいというのもある。優しいんだよね。凄く。
それに声がめちゃくちゃ甘い。そのイケボがいかんなく発揮される際どいイベントも多くてもうドキドキが止まらない。

「なまえ、明日空いてるよね?僕とデートしよ」

「はい!喜んで!」

「良かった!どこ行こっか。行きたい場所ある?」

「えっと」

「良かったら、僕の部屋に来る?」

「えっ、いいんですか?」

「なまえなら大歓迎だよ」

「わあ、嬉しいです!」

というわけで五条先生の部屋を訪問しているのだけど。

「ご、五条先生……」

「ん?」

近い!ご尊顔が近い!
ふかふかのソファに並んで座ったところまでは良かった。先生が淹れてくれたお茶はびっくりするくらい美味しかったし、スクリーンに映る映画も見たかった映画だ。
でも、五条先生が私の肩を抱くようにソファの背もたれに腕を回して私の顔を覗き込んでくるものだから、映画に全く集中出来ないし、恥ずかしくてたまらない。

「ふふ、緊張しちゃってかーわいい」

五条先生がちゅぅ、ちゅ、と顔にキスを降らせてくる。鼻の上とか頬とか、絶妙に唇だけを避けて。そうですよね、まだ唇へのキスはまずいですよね。

「んっ……!」

ギリギリ唇の端を掠めた五条先生の唇の感触に思わずぴくんと身体が跳ねてしまう。
ふ、と笑った五条先生の熱い吐息が唇にかかって、もう、もう……!

「映画見ないの?」

こんなことされて見れません!

と、まあこんな感じで既に充分過ぎるほど五条先生との高専生活をエンジョイしていたのだが、これで本当に告白なんかされちゃった日には私どうなっちゃうんだろう。耳から口から鼻から血が噴き出そう。

そして迎えた運命の日。

卒業式代わりの最終試験の任務をこなした私は、高専の敷地内にある古びた教会に向かっていた。確かに聞こえたのだ、真告白エンドの時に聞こえるという鐘の音が。
その音色に導かれるように教会への道のりを歩いていく。

長かった。ここまで辿り着くのに様々な困難を乗り越えてきた。主に術師としての任務。文字通り死にものぐるいで生き抜いてきたのだ。この日のために。

緑濃い道を歩き、もうすぐ教会が見えるというところで、目の前に誰かが立ちはだかった。

「待ってくれ。どうしても君に話したいことがあるんだ」

「エッ」

マジでエッである。
その人物は夏油先生だった。
なんで?どうして?と混乱する私の手をやんわりと、だが絶対に逃げられないような強さで掴んだ夏油先生に手を引かれて元来た道を戻らされる。
ああ、教会が遠ざかっていくぅ……!

正直に言えば、心当たりがないわけでもなかった。
五条先生が友好状態の時に、五条先生と夏油先生に誘われて三人で出かけることが多かったからだ。
そうなると自然に夏油先生の好感度も上がっていくわけで。
ある日、五条先生とデートした帰りに待ち伏せしていたかのように夏油先生と遭遇して気まずい感じになったため、私は夏油先生にはっきりと五条先生のことが好きだと告げたのだ。すると、意外にもあっさり納得してくれて、更には相談に乗ってくれるようになったのだった。

それ以来、時々夏油先生と出かけては五条先生との恋バナに付き合って貰っていたのだが。

「悟はああ見えて寂しんぼだからね。なるべく側にいてやってくれないか」

とアドバイスを貰っていたのが

「……自分で撒いた種とは言え、キツいものだね。こんな気持ちになるのなら、いっそ本当の想いを吐き出してしまったほうが楽になるのかな」

と言った思い詰めたものに変わってゆき

「ん?どうかしたのかい?そんなにじっと見て」

ただ目があっただけでそんな風に茶化されていたのが

「そんな風に見つめないでくれ。汚してはいけないものを汚してしまいたくなる衝動を必死で堪えているんだ。私の理性を試しているのならやめたほうがいい。火傷をしてしまうよ」

と真顔で返されるようになっていた。

こうして思い返してみるとかなりヤバい気がする。いや、実際もうヤバい事態になっちゃっているわけだけども。

「いつか言ったね。君の恋を応援すると」

誰もいない教室までやってくると、夏油先生がそう口を開いた。

「私はダメな大人だ。初めは自制出来ると思っていたんだ。でも、ダメだった。悟といる君を見るたびに、何故君の隣にいるのが私ではないのだろうと、いつしかそう思うようになっていた」

「馬鹿みたいだろう?いい歳をして初めて恋に落ちた相手にこんなにも振り回されている。相談に乗ると言った同じ口で、君に愛を囁きたいと願ってしまう」

「今頃、悟は教会で君を待っているだろう。わかっていても、君を行かせたくなかった。悟に君を渡したくない──そう思ってしまったんだ」

「君を愛している。心から。君だけを愛しているんだ。もし許されるなら、どうか、私を選んではくれないだろうか」


・私も、夏油先生のことが……

・断る
(※闇堕ちした後に死亡します)


ええーっ!?なにこの選択肢の下の警告文は!?絶対選んだらだめなやつじゃん!

嘘でしょ……五条先生とのめくるめく愛の日々が……ここまできてあんまりだぁ!

涙がぽろぽろこぼれ落ちる。夏油先生がそれを指でそっと拭ってくれる。うう〜優しくしないでぇ。

「わ、私も」

「ちょっと待ったー!」

夏油先生のことが、と言いかけたのを遮ったのは教室に飛び込んで来た五条先生だった。

「五条先生!!」

五条先生!五条先生!五条先生!!!

「待ってても来ないから迎えに来たよ」

優しい声で言って五条先生が「おいで」と両腕を広げてみせる。さすが最強!

「五条先生!んぷっ」

五条先生の胸に飛び込んで行こうとした私は、いつの間にか二人の間に身体を割り込ませていた夏油先生の背中に思いきりぶつかってしまった。痛い。
でも、そうだった。断ると夏油先生は闇堕ちした挙げ句に死んでしまうんだ。
どうすればいいの!?

「どうやら決着をつけないといけないようだね。外で話そうか、悟」

「寂しんぼか?一人でいけよ」

夏油先生の頭上にうずまきが現れるのと同時に五条先生も蒼と赫を練り上げて虚式の構えを取った。

うわああーん!誰か助けて!!!



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