ふと気が付くと、全く知らない場所に座って居た。
目の前には半分ほど上げられた御簾があり、こちらからは外の様子が見えるけれど、外側からは私の顔は見えないだろうという絶妙な位置。
私がいるのは建物の中で、外は玉砂利が敷かれた広い庭のようだった。

「約定通りこれより試合を行い、その勝者に我が娘を嫁がせることとする」

男性の声がして、庭にいた二人の人物が深々と頭を垂れた。
二人とも立烏帽子を被っていて、映画の陰陽師のような格好をしている。
確か、単の上に狩衣を着た、狩衣装束と呼ばれている服装だ。
授業で習った記憶がある。

二人が顔を上げた途端、私は、あっと声を漏らしていた。
格好こそ見慣れないものだったが、二人ともよく知る人物だったからである。

「五条先生と伏黒くん……?」

思わず呟いた言葉に反応したのは五条先生のそっくりさんだった。
よく似ているけど、髪の色が違う。でも、あの宝石のような六眼はそのままで、その事実が私を戸惑わせる。

「姫君。今日こそ、貴女を貰い受ける」

五条先生にそっくりな美しい顔に不敵な笑みを浮かべて告げられたのはそんな言葉で、びっくりして声も出ない。
先生、キャラ変わってませんか?

「そうして、玉のようなその白い肌に我が物だという証を刻み付け、我が子を孕むまで精を注ぎ込んで差し上げよう」

前言撤回。この人、間違いなく五条先生の御先祖様か何かだ。
日々セクハラに悩まされている私が言うのだから間違いない。

じゃあ、もう一人の伏黒くんそっくりな人は伏黒くんの御先祖様だろうか。
大きくて綺麗な手が伏黒くんとよく似ている。

伏黒くんの御先祖様とおぼしき方は、私に向かって一礼すると、険しい顔つきで五条先生の御先祖様を睨み付けた。

「始め!」

試合開始の合図とともに先に仕掛けたのは伏黒くんだった。両手を重ねて影絵を作る、十種影法術だ。

「八握剣 異戒神将 魔虚羅か」

って、ええっ!?こんな式神私は見たことないよ!
対する五条先生は余裕綽々で、その様子を見た伏黒くんがギリッと歯噛みする。

五条先生は式神の攻撃をさらりとかわし、人差し指を立てて笑ってみせた。

「こんなのじゃ僕は倒せないよ」

迸る赤い閃光。
『赫』だ。

直撃を受けた式神はひとたまりもなく消え失せてしまった。

「伏黒くん!」

思わず立ち上がった瞬間、全てが闇に飲まれた。



「あ、目が覚めた?」

「んん……五条先生?」

いつも通り目隠しをした先生の顔が近い。
どうやら私は先生の肩に頭をもたせかけて眠っていたらしい。
だからあんなおかしな夢を見たのか。

「なまえ、涎垂れてる」

「えっ、嘘っ!?」

「うん、嘘」

楽しそうに笑う五条先生は、やっぱりいつもの五条先生で、何だか安心した。
そうだ、お正月から任務が入って、その帰りの車の中で疲れて寝ちゃったんだ。

「もう少ししても起きなかったらキスしてやろうと思ってたのに」

残念、と言いながら優しく頭を撫でられて、恥ずかしくなった私は五条先生から離れようとしたのだが、逆に引き寄せて先生の胸板に顔をうずめさせられるはめになってしまった。

「ふぎゅっ!」

「よしよし、なまえは可愛いねえ」

「どうでもいいですが、俺の前でいちゃつくのやめてもらえませんか」

あっ、そういえば伏黒くんがいたんだ!
ごめん!ごめんね!!
本当に申し訳ない。でもいちゃついてないから。これセクハラだから。助けて。

私の懇願の眼差しをどう受け取ったのか、伏黒くんは気の毒な人を見る目で私を見て言った。

「苗字、悪いことは言わねえから、この人だけはやめとけ」

「酷いなあ、恵。式には呼んであげるから機嫌直してよ」

「遠慮します」

「もちろん、新居にも招待するよ。ああ、でも、恵にはちょっと刺激が強すぎるかな?僕となまえのあんな姿やこんな姿を想像しちゃうもんね?」

「苗字、悪いことは言わねえから、この人だけはやめとけ。マジで」

大事なことだから二回言ったんだね、伏黒くん。わかります。

からかう五条先生に、生真面目につっこむ伏黒くん。
二人のやり取りを微笑ましく思いながら眺める私の脳裏からは、あの夢の内容は綺麗さっぱり消え失せていた。



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