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転職活動がなかなか上手くいかない。

今日も仕事が終わってすぐに面接に行って来たのだが、一目でわかるほど雰囲気の悪い会社で、途中で辞退して帰って来てしまった。
お茶出しに来たお局様らしき女性社員が値踏みするようにじろじろ見てきた時点で入社を諦めた自分の判断は間違っていなかったと思う。
完全週休二日制と書いてあったのに、話を聞いてみたらほぼ毎週土曜日に休日出勤があるらしいし。

「はあ……」

「ため息をつくと幸せが逃げますよ」

そんなことがあって参っているというのに、何故か家に運び屋が不法侵入しているし。

もうなんだか色々疲れてしまった。
精神的にも肉体的にも限界だった。

「ふぇ……」

テーブルの前にぺたりと座り込んで突然泣き出した私に、赤屍さんは動じた風もなく、持っていたシチューの皿をテーブルに置いて、私の頭を優しく撫でた。

「よしよし。良い子、良い子。大丈夫、貴女はよく頑張っていますよ」

あやすように言って背中を撫でてくれる。

私は更に声をあげて泣き出した。

私は誰かに甘えたかったのだろうか。
その努力は無駄ではないと肯定してほしかったのだろうか。
少なくとも、あれだけ恐れていた恐怖の対象に優しく宥められて、私の一部は彼の行為を嬉しく思っていた。
その大きな手で慰められるのを心地よいものとして受け入れていた。

「大丈夫ですか、聖羅さん」

「……はい、すみません」

気が済むまで泣いたら、妙にすっきりした気分になっていた。
多少自棄になっているのかもしれない。

「さあ、食事にしましょう。お腹がすいていては元気も出ませんし、悲しくなるばかりですからね」

頷いて、スプーンを手に取る。
そして、赤屍さんが作ったシチューを食べはじめた。
まともな状態ではおよそ考えられない行為だ。
何しろ相手はあの赤屍蔵人なので。

転職出来ないかもしれない。
上手く行く気が全然しない。
働きながらの転職活動つらい。
もう面接行きたくない。
履歴書書くの面倒くさい。

シチューを食べながら、私は溜まりに溜まっていたものを全て吐き出した。

赤屍さんはそのひとつひとつに頷き、何かしら優しく励ましの言葉をかけてくれた。

もしかすると、私が思っていたような怖い人ではないのかもしれない。

でなければ、こんな情けない泣き言に付き合ってくれないだろう。

「私は貴女が好きですよ、聖羅さん」

赤屍さんが言った。

「心から愛しています」

「どうして…?」

どうして私なんかを、という思いでいっぱいになりながらそう尋ねると、彼は慈しむように微笑んで、

「貴女が貴女だからですよ」

と言った。

「貴女の弱いところも強いところも、貴女の全てを愛しく思っています。私は貴女がほしい」

私は、ちゃんと答えられなかった。
もごもごと、ありがとうございますとだけしか言えなかった。

でも、私達はやっとスタート地点に立ったばかりなのかもしれない。

これから私達の関係はどう変化していくのだろう。
まだわからないけれど、きっとそれはお互いに良い影響を与えあうものであるはずだという予感があった。

「今日はお疲れさまでした。ゆっくり休んで、気持ちを切り替えてまた頑張って下さいね」

「はい、ありがとうございます」

美味しいシチューを食べ終えて、ごちそうさまを言った時には、私の心は晴れやかなものに変わっていた。

明日もまた頑張ろうと思えるくらいに。


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